[ 2010年03月25日 ]

二つのプロリーグ

日本のバスケもプロリーグ化を進めるうえで、脱退や対立があったそうです。
今回は主にプロリーグ化への流れを解説していきます。


<プロリーグ化の検討>
1993年にサッカーがJリーグとしてプロリーグが始まろうとしていた時期に、バスケットボールでも
プロリーグ化が初めて検討され始めましたが、「プロ化検討部会」を設置するに留まり、プロリーグ化は断念されました。



<バスケットボール日本リーグ機構の設立>
1996年、「バスケットボール日本リーグ」が、将来のプロリーグ化を視野に入れた独立採算方式のリーグ戦のシステムを構築するために「バスケットボール日本リーグ機構(JBL)」として改組されました。

1997年、プロ契約選手が解禁され、外山英明(大和証券)と長谷川誠(ゼクセル)が日本人初のプロ契約選手となりました。

2000年、日本初のプロチーム新潟アルビレックスが誕生しました。

2001年、将来のプロ移行をにらみ1部リーグがホームタウン制などを導入したJBLスーパーリーグにリニューアルされました。しかし、
プロリーグ化において、企業の支援が十分ではないなどの課題を抱えていました。



<bjリーグの独立>
2002年、JBLスーパーリーグの新潟アルビレックスが中心となり、バスケットボール日本リーグのさいたまブロンコス、横浜ギガキャッツ、千葉バジャーズの4チームでプロ化推進プロジェクトが立ち上げられ、2002年7月10日の日本バスケットボール協会理事会にて活性化検討特別委員会の新設が承認されました。

プロリーグ化に対する回答をJBLに求めるが、プロリーグ化の進展がないために、新潟アルビレックスとさいたまブロンコスは、バスケットボール日本リーグ機構から脱退し、2004年8月12日に有限責任中間法人日本プロバスケットボールリーグ設立準備室(株式会社日本プロバスケットボールリーグに改組)を設立し、プロ組織による新リーグが結成されることになりました。

2004年8月19日に都内で開かれた臨時理事会で脱退理由が規定の「解散(廃部)やチーム譲渡、並びにそれに準ずる事由」に相当しないという理由で脱退が認められなかったことに加え、現行のリーグ戦に所属しているチームなどからの抵抗もあり、プロリーグ化の実現は難航も懸念された。

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004年11月24日、新リーグの「bjリーグ」を結成することが発表されました。

2005年11月の開幕を目指し、地域密着型で安定経営を前提に置いたリーグ戦構成を目指して取り組むことを明らかにしました。

参加チームは新潟アルビレックスとさいたまブロンコスの他に仙台89ERS、東京アパッチ、大阪エヴェッサ、大分ヒートデビルズの4チームを加えた6チームとなります。


2005年4月13日、都内での理事会で新潟アルビレックスとさいたまブロンコスの日本リーグ脱退が正式に承認されました。「これ以上説得しても難しい」という判断で特例処置とされました。


<日本バスケットボールリーグの発足>
2004年10月12日、日本バスケットボール協会理事会は、新潟アルビレックスとさいたまブロンコスの脱退届けを改めて認めない代わりに、2006年度にさいたま市で開く世界バスケット選手権の大会終了後に現在のJBLスーパーリーグのプロリーグ化の実現を推進する計画を明らかにしました。

2006年4月、日本バスケットボール協会はプロリーグへの参入決定・内定団体10チームを発表しました。
JBLスーパーリーグに参加している7チームに加え、バスケットボール日本リーグ所属の1チーム、一般公募団体2チームの3チームは参入内定団体となり、この3チームの経営基盤、選手補強などの状況を考慮し審議し、レラカムイ北海道の1チームのみの正式参入が決定しました。
リーグ名は日本バスケットボールリーグに決定されました。

2007年、プロリーグ化が頓絶(とんぜつ)され、プロ・アマ混合になり、将来的なプロリーグへの移行を目指しました。


<bjへの転籍と歩み寄り>
2007年に改組された新JBL初年度のシーズン開幕を迎えることになりましたが、開幕前にオーエスジーフェニックス東三河がbjリーグ転籍を表明しました。
JBLが完全プロ化を断念した事で地域密着型プロを目指していたオーエスジーとの間に溝ができてしまった事が大きな要因とされています。
そして9月5日、フェニックスのJBLからの脱退が承認され、2008-09シーズンからのbjリーグで「浜松・東三河フェニックス」として参入することになりました。

一方、日本協会では2006年バスケットボール世界選手権で発生した多額の赤字を巡り、内紛が勃発。日本オリンピック委員会(JOC)から資格停止処分を受けるなど大きな混乱をきたした結果、協会幹部が刷新(さっしん)されました。
新しい幹部はbjリーグの提携へ向けて歩み寄りを見せるようになりました。

国際バスケットボール連盟(FIBA)から「1国1リーグが望ましい」と、JBLとbjのリーグ統合を要望されたこともあり、2008年11月12日に検討委員会が設置されました。
両リーグ間の交流戦やオールスターゲームを行い、将来的にはプロ組織を一本化する方針が示されました。

2009年3月にもbjリーグ球団及び選手の協会登録を認める意向を示しており、2009年度中に覚書の調印を目指し、2010年3月20日の理事会で承認されました。4月以降協会登録が開始され、早ければ2010年アジア競技大会でbjリーグ選手が日本代表に選出されることになりました。

一方、リーグ一本化については選手・ファンなど様々な事情もあり、2013年の統合を目指すことにしています。どちらか一方に吸収させるのではなく、協会主導で新リーグを発足させる方向で検討中です。



bjに関わった選手や審判やフロントは日本代表になれないなどは序の口で、bjに行った選手に対してはメールなどの連絡を取ってもいけないなどと言い出す人もいたそうです。
協会の役員も体育会系なので、上が言っていることには逆らえない風潮があったそうですが、今のところは役員が刷新されて良い方向に進んで良かったですね。

下のビデオはJBAとJOC(日本オリンピック協会)の対立です。




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