
ケビン・デュラント(Kevin Wayne Durant , 1988年9月29日 - )はアメリカ合衆国のバスケットボール選手。ワシントンD.C.出身。アメリカ男子プロバスケットボールリーグNBAのオクラホマシティ・サンダーに所属している。ポジションはスモールフォワード、シューティングガード。208cm、97.5kg。愛称はK-Dog。
<生い立ち>
叔父による英才教育を受けた後、アマチュア・アスレチック・ユニオンのユースチームで早くから頭角を現すと、高校はヴァージニア州の名門オークヒル高校に進学。デュラント擁する同校は2004-05シーズンにUSAトゥデイ紙の全米ランキング1位に輝いたが、デュラントは翌05-06シーズンにメリーランド州のモントロスクリスチャン高校に転校した。このシーズンにはマクドナルド選出のオールアメリカンチームに選ばれ、オールアメリカンゲームではチェイス・バディンジャーとともにMVPを受賞した。高校卒業後2006年のNBAドラフトにエントリーすれば同学年のグレッグ・オデンとともに上位指名が見込まれたが、この年より高校生によるアーリーエントリーが不可能となったため、テキサス大学に進学した。
<大学時代>
大学では1年生でありながら25.8得点11.1リバウンドのダブル・ダブルの成績でチームの主力選手として活躍。06-07シーズン通算903得点はビッグ12カンファレンスの歴代新記録で、NCAAでも歴代2位、通算390リバウンドは同校の歴代新記録となった。またグレッグ・オデンらとともにAP通信選出のオールアメリカンファーストチームに選ばれた。デュラントとオデンは同ファーストチームに選ばれた初の1年生となった。さらにネイスミス賞、全米コーチ協会最優秀選手、ジョン・ウッデン賞、アドルフ・ラップ賞、オスカー・ロバートソン賞など、大学個人タイトルを総なめにした。2年生には進学せず、2007年のNBAドラフトにアーリーエントリーした。僅か1年の在学にも関わらず、彼の背番号『35』は同校の永久欠番となった。
<シアトル・スーパーソニックス>
2007年のドラフトは前年にデュラントらといった高校生からのアーリーエントリーを見送った選手が集中したこともあり、2003年のNBAドラフト以来の豊作の年となった。その中でデュラントは前評判どおりオデンに次ぐ全体2位指名でシアトル・スーパーソニックスに入団した。ソニックスはこのオフにチームの中心であったレイ・アレンとラシャード・ルイスを一度に放出しており、デュラントは早くも1年目からエースとしての重責を荷うことになった。
再建の道を邁進するソニックスはシーズン中にも将来のドラフト指名権と引き換えに多くの選手を放出したため、シーズン序盤から負けに負けたが、デュラントの新人王獲得は数少ない明るい話題となった。シーズン前半はシュートセレクションの悪さが目立ち、フィールドゴール成功率は一時4割を割っていたが、後半になると改善され、43%まで回復。ルーキーイヤーの2007-08シーズンは20.3得点4.4リバウンドの成績だった。
<オクラホマシティ・サンダー>
2008-09シーズンはチームがシアトルからオクラホマに移転し、オクラホマシティ・サンダーとなり新球団のエースとしてシーズンが始まった。序盤はチームの作戦でシューティングガードとしてプレーしたが、外のシュート中心になってしまいフィールドゴール成功率が低くなってしまう。シーズン途中ヘッドコーチが変わり本来のスモールフォワードとしてプレー以降は高得点を連発しリバウンドも増えまたスリーポイントシュートを上達させるなど期待に応える活躍をし、成績は25・3得点、6・5リバウンド、47.6 FG%、42.2 3P%と2年目の選手ではかなりの高成績でシーズンを終えた。オールスターウィークエンドのルーキーチャレンジではソフォモアチームで出場し歴代最高得点の46点でMVPを獲得した。 また出し物のH-O-R-S-Eでも優勝した。
<プレイスタイル>
抜群の得点力を誇り、多彩な得点方法と広いシュートエリアの持ち主。また226cmという長いウィングスパン(両手を広げた長さ)を持ち、リバウンドにも強さを発揮する。一方でNBAドラフト前に行われたフィジカルテストでは84kgのベンチプレスを一度も持ち上げられず、成績は参加メンバー中最下位となるなど、身体能力には決して恵まれているわけではない。