[ 2012年02月10日 ]

ルオル・デン(Luol Deng)



ルオル・デン(Luol Deng)ことルオル・マイケル・デン(Luol Michael Deng, 1985年4月16日 - )はイギリスのプロバスケットボール選手。南スーダンのワーウ出身。北米男子プロバスケットボールリーグNBAのシカゴ・ブルズに所属している。身長206cm、体重100kg。ポジションはスモールフォワード。



アフリカ~学生時代
ディンカ族に生まれたデンは、幼少の頃、スーダン内戦から逃れるためにエジプトに亡命した。
エジプトでは元NBA選手であり、同じディンカ族出身のマヌート・ボルと出会う。ボルはバスケットボールをデンの兄に教えると、デンの良き指導者になったという。
その後、両親と共にイギリスのサウスノーウッドに移住すると、本格的にバスケットボールをプレイするようになり、ジュニアチームで活躍した。尚、イギリスはサッカーが盛んであるが、デンも関心があったといい、当時はアーセナルFCのファンだった。
16歳でアメリカ合衆国ニュージャージー州に引越し、ブレアアカデミーでバスケットボールをプレイした。チームメイトには2005年のNBAドラフトでトロント・ラプターズから指名されたチャーリー・ビラヌエバがいた。アメリカでも徐々に頭角を現すようになると、レブロン・ジェームズの次に優秀な選手であるとの声も聞かれるようになった。全米から優秀な高校生が結集するマクドナルドオールアメリカにも選出された。
卒業後は名門デューク大学に進学。名将マイク・シャシェフスキー監督のもとで2004年にはNCAAのファイナル4に進出している。



NBA
07年、vsバックス戦にて大学在学中にアーリーエントリー。2004年のNBAドラフトで全体7位指名をフェニックス・サンズから受けた。直後、トレードでブルズに移籍。
ルーキーイヤーの2004-2005シーズンからローテーション入りを果たし、61試合に出場(先発出場は45試合)、1試合平均11.7得点、5.3リバウンド.2.2アシストの好成績を残し、同年のオールルーキーファーストチーム(その年の優秀な新人選手5人)に選出された。シーズン終盤には手首を故障したが、ブルズの7年ぶりのプレイオフ出場の原動力の1人として活躍した。
2年目の2005-2006シーズンには更なる成長を遂げ、78試合に出場(56試合に先発出場)、1試合平均14.3得点、6.6リバウンド、1.9アシストを記録。カーク・ハインリック、ベン・ゴードン等と共に若手ぞろいのチームの中心選手となった。チームも2年連続のプレイオフ出場を果たした。06-07シーズンはさらに飛躍し、82試合全てに先発出場を果たし、1試合平均18.8得点、7.1リバウンド、2.5アシストを記録。また、同シーズンのスポーツマンシップ・アウォード(フェアにプレーし、オフコートでもリーグの見本となる行動をしたプレイヤーに送られる賞)に選出された。
だが、翌シーズンは開幕前に契約延長をまとめられず、不満を抱えたままシーズンを迎え、昨年を下回る成績に終わり、チームもロッタリー行きとなり期待を裏切る形となってしまった。
2010-11シーズンは、FAで大物選手を獲得するために、ハインリックを放出したことで、チーム一番の古株となり、キャプテンを任されることとなった。長年課題とされてきた、3ポイントシュートの試投数、成功数が大幅に増加し、オフェンスに幅が増した。また、アウトサイドでボールをもらい、カットインしてペイントでのシュートも増えるなど、ローズを支えるプレーヤーとしては、申し分のない活躍をしている。チーム内では出場時間が最も多い。



プレイスタイル
ミドルレンジからのオフェンスを得意とするが、スリーポイントシュートも決めることができ、果敢にインサイドに切れ込み、長い手足を生かした豪快なダンクを決めるなどの一面も併せ持つ。多くないがガードでプレイすることもあり、206cmの身長が相手にミスマッチを生じさせる。



雑学
スーダン、イギリス、アメリカで生活した過去を持つが、16歳以下と19歳以下のイングランド代表経験を持つ。2006年には完全にイギリスに帰化し、イギリス代表としてプレイすることが可能になった。上記のように、さまざまな国で生活してきたことで、慈善活動に熱心である。コーチのトム・ティボドーには「ルオル・デンは、最も過小評価されているプレーヤーの一人だ」と言われており、特にディフェンス面での評価が高い。