[ 2010年03月04日 ]

レイ・アレン(Ray Allen)



ウォルター・レイ・アレン(Walter Ray Allen, 1975年7月20日 - )は、アメリカ合衆国のバスケットボール選手。カリフォルニア州マーセド出身。北米プロバスケットボールリーグNBAのボストン・セルティックスに所属している。ポジションはシューティングガード。背番号は「20」。リーグ屈指の3ポイントシューターとして知られる。



<学生時代>
ヒルクレスト高校ではサウスカロライナ州で優勝。卒業後、コネチカット大学に進学。最終学年時には、大学オールアメリカンの1stチームに選出。さらにビッグイーストカンファレンスの最優秀選手に選ばれた。



<ミルウォーキー・バックス>
大学卒業後の1996年のNBAドラフトにて、ミネソタ・ティンバーウルブズから1巡目5位で指名される。その後すぐ、アンドリュー・ラングと共に同巡4位指名のステフォン・マーブリーとの交換でミルウォーキー・バックスへトレードで移籍する。NBA1年目、平均13.4得点、4.0リバウンド、2.6アシストの成績でオールルーキー2ndチームに選出される。その年のオールスターのイベント、スラムダンクコンテストにも出場している。

2000-01シーズンは、スリーポイントコンテストで優勝。さらにプレーオフではバックスを東地区のカンファレンスファイナルに導くも、絶好調であったアレン・アイバーソン率いるフィラデルフィア・セブンティシクサーズに第7戦までもつれる激戦の末敗れた。アレンは6年半バックスに所属した。



<シアトル・スーパーソニックス>
2002-03シーズン、バックスで47試合に出場後シーズン途中で、ゲイリー・ペイトン等とのトレードにてシアトル・スーパーソニックスへ移籍する。2003-04シーズンには、オールNBAセカンドチームに選出。2004-05シーズンにはチームメートのラシャード・ルイスと共に下馬評を退け、カンファレンスセミファイナルに導いた。2005-06シーズン、アレンはソニックスと5年で契約更新。一試合平均25.1得点を記録しリーグを代表するスコアラーへと成長する。2007年1月12日のユタ・ジャズ戦では、キャリアハイとなる54得点を記録。しかしその後すぐ、怪我のため両足首を手術し2006-07シーズンを終えた。



<ボストン・セルティックス>
2007年6月28日、アレンはグレン・デイビスとともにデロンテ・ウェスト、ウォーリー・ザービアック、ジェフ・グリーンとのトレードでボストン・セルティックスへ移籍した。同時期に移籍したケビン・ガーネット、セルティックス生え抜きのポール・ピアースらと共にチームの快進撃を支える。ビッグスリー擁するセルティックスはレギュラーシーズンを1位で勝ち抜け、プレーオフに出場。プレーオフでは極度の不振に陥るも数字に残らない面でチームを支え、2勝2敗で迎えたデトロイト・ピストンズとのカンファレンスファイナル第5戦では29得点を挙げるなど完全に復調。ピストンズを4勝2敗で退け、アレンにとって初めての舞台であるNBAファイナルへと進出した。下馬評では激戦の西地区を順当に勝ち上がってきたロサンゼルス・レイカーズ有利の声が多かったが、セルティックスは持ち前のディフェンス力をいかんなく発揮し、レイカーズを4勝2敗で下しセルティックスにとって22年ぶりの、そしてアレンにとって悲願の優勝を成し遂げた。アレンはファイナル6試合で平均20.3得点、FG50.7%、3ポイントシュートは42本中22本成功と52.4%を記録してピアースとともにチームのオフェンスをリードし、ディフェンスでもアレンと同期であるレイカーズのエース、コービー・ブライアントとマッチアップし、好ディフェンスを披露してチームに大きく貢献した。第6戦では、NBAファイナルのタイ記録となる7本の3ポイントシュートを決めた。

2008-09シーズン、セルティックスは昨年同様好調なスタートを切り、シーズン途中にチーム歴代最高となる19連勝をマークする。しかし、主力のケビン・ガーネット、控えのトニー・アレン、ブライアン・スカラブリニらが相次いで故障で離脱、チームは終盤に成績を落とし最終的にカンファレンス2位でプレイオフに進出を決めた。アレンはシーズン中好調を維持し続け、キャリアハイタイのFG成功率48.0%を記録、FT成功率はキャリアハイとなる95.2%を記録し、ゲーム終盤での勝負強いシュートなどでチームに貢献した。プレーオフ1回戦の第6戦ではプレーオフ自己最高となる51得点を叩き出した。しかし、続くカンファレンス準決勝では疲労の蓄積もあってか1回戦の活躍が嘘のように精彩を欠き、チームも第7戦まで持ち込んだものの敗退した。



<プレースタイル>
NBA史の中でも傑出したピュアシューターの一人。特にパスを受けてからリリースまでがずば抜けて速く、なおかつお手本のような美しいシュートフォームは「シルク」と称されている。これまでに3ポイントシュートのシーズン成功数で3シーズン1位になっており、通算での成功数もレジー・ミラーに次いで歴代2位である。今後順当にキャリアを終える事ができればこの記録も更新可能である。またボールハンドリングに優れ、パスも上手くガードとしての総合能力も高い。運動能力に優れ、高度なダンクや技ありのダブルクラッチなども決めることができ、ドライブからの得点も見せる。

元々はリーグでも有数のスコアラーであり、スーパーソニックス時代には1試合平均25得点を挙げチームのエースとして活躍していた(せざるを得なかったと言える)。セルティックス移籍後は協調性を重んじるようになった。

また、派手なプレイで沸かせるタイプの選手ではないため、過小評価されているきらいはあるが無類の勝負強さを誇る。特に僅差の試合終盤での集中力は凄まじく、幾度となくビッグショットを沈めチームの危機を救っているリーグトップクラスのクラッチシューターである。



<実績>
1997年オールNBAルーキーセカンドチーム選出
オールスター出場回数9回(2000, 2001, 2002, 2004, 2005, 2006, 2007, 2008, 2009 ※2007, 2008, 2009は怪我人の代替出場)
2001年オールスター前夜祭のスリーポイントコンテストで優勝
2001年にオールNBAサードチーム、2005年にオールNBAセカンドチームに選出
NBA13シーズンでの1試合平均得点は20.9点、フリースロー通算成功率.893(NBA歴代8位)、3ポイントシュート通算成功率.398(2008-09シーズン終了時)
2000年シドニーオリンピックにアメリカ代表、金メダル獲得
2003年NBAスポーツマンシップアワード受賞
3ポイントシュートの通算試投数
通算成功数はレジー・ミラーに次いで歴代第2位(通算5777本中2299本成功 2008-09シーズン終了時)
2005-06シーズン、3ポイントシュート成功数269本はNBA1シーズン最多記録
1シーズンの3ポイントシュート成功数1位を3回記録(2001-02(229), 2002-03(201), 2005-06(269))
NBAファイナルでの1試合3ポイントシュート成功数最多タイ記録(2008NBAファイナル第6戦、7本成功)
NBAファイナルの1シリーズ3ポイントシュート成功数最多記録(2008年NBAファイナル6試合で22本成功)
プレーオフでの1試合3ポイントシュート成功数最多タイ記録(2001年プレーオフカンファレンスファイナル第6戦、2009年プレーオフ1回戦第6戦、9本成功)
フリースロー連続成功数72本(ラリー・バードの71本を抜きボストン・セルティックスのチーム記録)



<その他>
・スパイク・リー監督の映画「ラストゲーム」(原題:“He Got Game”)で準主役を演じ、デンゼル・ワシントン、ミラ・ジョボヴィッチらと共演を果たしている。この時の役名から、“JESUS”というニックネームをつけられている。



・2004年には初めての息子が誕生した。また、07-08シーズン終了後のオフに学生時代から交際していた女性と結婚式を行った。