[ 2010年03月04日 ]

ドワイト・ハワード(Dwight Howard)

ドワイト・ハワード(Dwight Howard)

ドワイト・ハワード(Dwight David Howard、1985年12月8日 - )は、アメリカ合衆国ジョージア州アトランタ出身のバスケットボール選手。アメリカ男子プロバスケットボールリーグNBAのオーランド・マジックに所属している。ポジションはセンター。身長211cm、体重120kg。スーパーマンとも呼ばれるアスリートの肉体を持ったリーグ屈指のセンタープレーヤーであり、現在最強のダンク製造機である。



<高校時代>
高校の体育監督の父と元バスケットボール選手の母というスポーツ一家で育ったハワードは、高校はその父が勤めるバスケットの名門校サウスウエスト・アトランタ・クリスチャン高校でプレイした。在学中の4年間で129試合に出場し、16.6得点13.4リバウンド6.3ブロックの成績を残した。最終学年には25.0得点18.0リバウンド8.0ブロックの成績でチームを州チャンピオンに導き、全米で最も活躍した高校生選手に贈られるネイスミス賞を受賞、パレード誌選出のオールアメリカンにも選ばれた。この年のマクドナルド高校オールスターゲームでは19得点をあげてJ・R・スミスと共にMVPに選ばれている。初めてダンクに成功したのは13歳のときで、このときの身長は175cmだった。



<オーランド・マジック>
大学には進学せず、2004年のNBAドラフトにアーリーエントリーし、オーランド・マジックより全体1位指名を受けてNBA入りを果たした。ハワードは高校からのエントリーで1位指名を受けた最後の選手である(2008年現在)。

通常高校からエントリーした選手は身体が完成していないため、プロの世界では通用するまでにある程度の時間を要するが、ハワードは非常に恵まれた肉体を有していたため、ルーキーイヤーから即戦力として活躍、シーズン開幕戦では12得点10リバウンド4ブロックといきなりダブルダブルをたたき出し、その後幾つかの最年少記録を更新。シーズン成績は12.0得点10.0リバウンドでリーグ史上最年少でシーズンダブルダブルを達成し、高卒ルーキーとしては初のシーズン82試合フル出場を果たした。新人王投票では3位に終わったが、オールルーキーファーストチームに選ばれた。



翌05-06シーズン中は、11月15日のシャーロット・ボブキャッツ戦で、21得点、20リバウンドを記録、さらに4月15日のフィラデルフィア・セブンティシクサーズ戦では28得点、26リバウンドをマークした。このシーズンの平均12.5リバウンドはリーグ2位、通算リバウンド数は1位となった。このシーズン中にスティーブ・フランシスがチームを去ったことにより、弱冠20歳のハワードは大黒柱としてチームを背負うことになった。

06-07シーズン序盤は、ハワードとベテランのグラント・ヒルを中心に若いチームはまとまり、ディビジョン首位をキープするなどチーム成績は確実に上向き始めた。ハワードはオールスターにも初めて選ばれ、スラムダンクコンテストにも出場。ダンクをリムに叩き込む際にバックボードにハワード自身のステッカーを貼るパフォーマンスを披露し、観客を沸かせたが、審査員には不評だった。好調だったチームはシーズン中盤以降成績が下降するも、カンファレンス8位の座を死守し、4年ぶりにプレーオフに進出、ハワードはオールNBAサードチームに選出された。ハワードにとって初のプレーオフは、1回戦にてデトロイト・ピストンズに4戦全敗という形で幕を閉じた。



<トップセンターとして>
オフにはグラント・ヒルがチームを去り、新たにシューターのラシャード・ルイスを迎えて07-08シーズンに入った。このシーズン、ハワードは目覚しい成長を見せ、11月と12月の月間最優秀選手賞を獲得。シーズンの通算ダブルダブル達成数はリーグ1位(69回)を記録し、20得点20リバウンド以上を5回達成した。アベレージは一流ビッグマンの証である20得点10リバウンド以上の、20.7得点14.2リバウンドを記録。14.2リバウンドは2位以下を大きく引き離し自身初の、そしてリーグ最年少記録となるリバウンド王に輝いた。さらにオールNBAチームには初めてファーストチームに名を連ね、オールディフェンスセカンドチームにも選出、名実共にリーグのトップセンターとなった。オールスターファン投票ではシャキール・オニールを抜いてイーストのセンター部門第1位となり、先発メンバーとしてオールスターに出場した。またリベンジを誓って臨んだダンクコンテストでは、バックボード裏からのウィンドミルダンクや、スーパーマンダンクなど圧巻のパフォーマンスで優勝を果たした。チームは52勝30敗の好成績を収め、地区優勝を飾る。プレーオフ1回戦ではトロント・ラプターズと対戦したが、ハワードはラプターズのインサイド陣を一蹴。5試合中3試合で20得点20リバウンド以上を達成し、4勝1敗でラプターズを降した。ハワードは初めてカンファレンス準決勝まで進んだが、雪辱の相手となるピストンズと対戦では、ピストンズの厳しいマークに苦しみ、シリーズ平均15.2得点に抑え込まれ、1勝4敗で敗退した。



08-09シーズンは20.6得点13.8リバウンド2.9ブロックを記録でリバウンド王とブロック王の二冠を達成、NBA最優秀守備選手賞も受賞し、リーグトップセンターの座を不動のものとした。シーズン中には30得点19リバウンド10ブロックを記録してキャリア初のトリプル・ダブルも達成、オールスターファン投票では史上最多得票となる315万181票を獲得している。チームは59勝をあげると、プレーオフではフィラデルフィア・76ers、前年優勝チームのボストン・セルティックスを破ってカンファレンス決勝に進出し、レブロン・ジェームス率いるクリーブランド・キャバリアーズと対戦する。インサイドで暴れ回るハワードに手を焼いたキャバリアーズはファウルゲームを仕掛けたが、ハワードは重要な場面で苦手のフリースローをきっちりと決め、キャバリアーズの作戦を一蹴した。マジックは優勝候補だったキャバリアーズを4勝2敗で破り、ついにNBAファイナル進出を果たした。マジックの初優勝に期待が掛かったが、ハワードはロサンゼルス・レイカーズの厳しいディフェンスの前に持ち前の破壊力を発揮できず、またカンファレンス決勝では決めることができたフリースローを、重要な場面で尽く外してしまい、マジックは1勝4敗で完敗した。



<代表歴> 
北京オリンピックにて2006年以降、アメリカ代表に参加している。日本で開催された2006年の世界選手権では、9試合中8試合に先発出場し、8.9得点5.3リバウンドの成績を残した。金メダルは逃したが、銅メダルを掛けて争ったアルゼンチン代表との3位決定戦は20得点と活躍した。

2008年の北京オリンピックでは代表チーム唯一のセンターとして参加。ハワードは全試合に先発出場し、10.9得点5.8リバウンドを記録し、アメリカの金メダル獲得に貢献した。



<プレイ
スタイル>
怪物シャキール・オニールの後継者として期待される、典型的なパワータイプのビッグマンであり、現役最高峰のセンターとして他を圧倒する破壊力を発揮し、現在唯一の支配的なセンターと評される。アスリート揃いのNBAの中でも圧倒的な筋肉量を誇り、リバウンドに関しては若くして既にリーグ一の実力者であり、またインサイドで彼のダンクを止めるのは至難の業で、シーズン毎のダンク成功数は群を抜いている。さらに近年ブロッカーとしての能力が開花し、ディフェンスでも脅威の存在となっている。



フリースローはハワードにとって最大の弱点と言える。これらのプレイを支えるのが彼の人間離れした豊富な筋肉量とリーグトップクラスの運動能力、身体能力であり、ハワードの推測される垂直跳び40インチ(約101cm)は、211cm、120kgの体格では驚異的と言える。また怪我にも強く、08-09シーズンに初めて欠場するまでは351試合連続出場を果たしていた。

ただしフリースローを苦手とするところまでパワータイプの典型を継承してしまっているようで、試合終盤の大事な場面では敵チームにファウルゲームの標的とされるのを警戒され、ボールを持たせてもらえないことが多く、これについてハワードは不満を持っているようである。またトップセンターとしてはポストプレイのバリエーションがまだまだ少なく、ゴールから離れると何も出来ないという指摘もある。今後はフックシュートの習得など、攻撃オプションに幅を持たせることが課題とされている。

根っからの陽気な性格でNBA全体のムードメーカーでもある。特にオールスターゲームではシャキール・オニールに続くお祭り男として場を盛り上げる。



<その他>
・現在でこそリーグ一強靭な肉体を持つハワードだが、少年時代は学年で一番ガリガリに痩せており、裸になると心臓が動くのが分かる程であったとインタビューで語っている。

・慈善事業にも取り組んでおり、学生への奨学金などを目的としたドワイト・D・ハワード財団を創設している。

・2008年のスラムダンクコンテストでは、スーパーマンのコスプレでのパフォーマンスが一際大きな印象を与え、以来ハワードの愛称の中に『スーパーマン』が加わった。2007年のステッカー、2008年のスーパーマンのコスチュームのほか、バックボードの端に取り付けた小さなバスケットゴールと、小道具を取り入れることでパフォーマンスの幅を広げた。

・元チアリーダーの女性との間に子供をもうけていたことは、当時敬虔なクリスチャンというイメージが強かったハワードにとってはちょっとしたスキャンダルとなった。しかしこれが契機となって本来の陽気な性格を見せるようになり、今ではリーグきってのお祭り男としてチームメイトやファンから慕われている。 



<受賞歴>
最優秀守備選手賞:2009
オールルーキー1stチーム:2005
オールNBA1stチーム:2008、2009
オールNBA3rdチーム:2007
オールディフェンシブ1stチーム:2009
オールディフェンシブ2ndチーム:2008
NBAオールスター・スラムダンクコンテスト優勝:2008
リバウンド王:2007-08、2008-09
ブロック王:2007-08、2008-09
ダンクシュート成功数1位:2005-06、2006-07、2007-08、2008-09
2006年世界選手権3位
2008年北京オリンピック金メダリスト



<最年少記録>
史上最年少で20得点以上、20リバウンド以上を記録(2004年12月1日ラプターズ戦)
史上最年少で年間平均ダブルダブル(2004-05シーズン)
史上最年少で年間10リバウンド以上(2004-05シーズン)
高卒ルーキー(大学経験なし)で初めて全82試合で先発出場
史上最年少で20得点以上、20リバウンド以上を記録(19歳342日;2005年11月15日ボブキャッツ戦)
史上最年少で3000リバウンド達成(2007-08シーズン)
自己最高の26リバウンド(2006年4月15日シクサーズ戦)