[ 2010年03月03日 ]

チャンシー・ビラップス(Chauncey Billups)

チャンシー・ビラップス(Chauncey Billups)

チャンシー・ビラップス(Chauncey Billups, 1976年9月25日 - )は、アメリカ合衆国のバスケットボール選手である。コロラド州デンバー出身。北米プロバスケットボールリーグNBAのデンバー・ナゲッツに所属している。ポジションは主にポイントガード。多数の移籍を繰り返してきたジャーニーマンでもある。背番号は「1」。第4Qの得点数、大事な時間帯や逆転のシュートが非常に多く、「ミスター・ビッグショット」の異名を持つ。



<学生時代>
ビラップスは、ジョージ・ワシントン高校(デンバー)に入学した。そこで4回コロラド州ファーストチームに、3回コロラド州最優秀選手に、また2回年間最優秀選手にも選ばれた。1995年にはマクドナルド・オールスターチームに選ばれたが膝の故障で出場はできなかった。

高校卒業後は、地元コロラド州ボルダーにあるコロラド大学ボルダー校に入学。ビッグ12カンファレンスのファーストチームやオールアメリカンにも選出されている。



<NBA入り初期>
1997年のNBAドラフトでボストン・セルティックスから1巡目3位で指名を受け入団。ルーキーシーズン半ばの1998年2月、ケニー・アンダーソンらとのトレードでトロント・ラプターズに移籍した。さらに翌シーズン、デンバー・ナゲッツに移籍するも、肩の故障により出場機会は減り、タリーク・アブドゥル=ワハドらとの交換で、オーランド・マジックにトレードされた。しかし怪我が完治せず、マジックではシーズン終了までプレイしなかった。翌2000年オフにフリーエージェントになり、ミネソタ・ティンバーウルブズとポイントガードのテレル・ブランドンの控えとして契約した。ウルブズでは、2年連続でプレイオフに出場したが、初戦で敗退した。2001-02シーズンには、しばしば故障したブランドンに代わって先発し活躍した。2002年6月、ビラップスはフリーエージェントになり、デトロイト・ピストンズと契約し、チームの新しいポイントガードとなった。



<デトロイト・ピストンズ>
2002-03シーズンより、ようやく腰をすえてピストンズでプレイするようになる。それまで彼は中途半端なコンボガードという位置づけであったが、究極のチームバスケットを求めるラリー・ブラウンヘッドコーチに見出され、司令塔としての能力が開花、それ以降リーグを代表するポイントガードへと成長、同時にピストンズは東の常勝軍団となった。

2004年、NBAファイナル優勝の立役者となり、1試合平均21得点5.2アシストをNBAファイナルで記録、GMのジョー・デュマース以来となるオールスター未出場選手のファイナルMVPに選ばれた。2005年のNBAファイナルではピストンズはサンアントニオ・スパーズに3勝4敗で敗れたが、もし優勝していたらビラップスが再びMVPを取ると見られていた。彼はまた2005年チームメートのテイショーン・プリンスと共にオールディフェンシブ2ndチームに選出されている。(当時チームメートのベン・ウォレスは年間最優秀ディフェンスプレイヤーだった。)

2005-06シーズン、ビラップスはチームを歴代最高の64勝18敗に導いたが、カンファレンスファイナルで破れ3年連続のファイナル進出を逃した。2006年のNBAオールスターゲームにビラップスはイースタン・カンファレンスの控えのガードとして選出。また3ポイントコンテストにも選ばれた。コンテストでは1回戦で敗退。ゲームでは12得点をマークした。翌2007年のオールスターにも、チームメートのリチャード・ハミルトンと共に選出されている。

2007-08シーズンは、4年連続でセントラル・ディビジョンを制し、イースタン・カンファレンス全体でも ビッグ3(ポール・ピアース、ケビン・ガーネット、レイ・アレン)を擁するボストン・セルティックスに次ぐ成績でレギュラーシーズンを終了、プレイオフでも6年連続でカンファレンス・ファイナルに進出したが、セルティクスに敗退した。2008-09シーズン、チームは2010年のFA市場での大型補強に向けてサラリーを空ける必要があり、ビラップスが「移籍するなら地元のデンバーが良い。」と言っていた事からビラップスをアントニオ・マクダイス、チーク・サムと共にデンバー・ナゲッツのスーパースター、アレン・アイバーソンとトレードすることシーズン開幕からわずか6日後に発表した。



デンバー・ナゲッツ>
2008-09、シーズン途中の移籍であったが故郷デンバーに凱旋を果たしたビラップスはすぐにチームにフィットしていった。ナゲッツはその年サラリー整理のため守護神マーカス・キャンビー等を放出し前評判は高くなかったが、終わってみれば54勝28負の好成績で西カンファレンスの第2シードを獲得。チームはカンファレンスファイナルまで進み躍進の原動力となった彼は非常に評価された。



プレイスタイル>
現在のNBAを代表する正統派ポイントガードの一人。バスケットIQの高さと強いリーダーシップでチームをまとめることができ、司令塔としての評価が高い。チームメート一人一人の特徴をうまく引き出し、絶妙なチームオフェンスを展開する。守備にも精通し、チーム全体のディフェンス意識すら変えることができる存在感がある。特筆すべき能力として重要な局面での高いシュート決定力を誇り、"Mr.Big Shot" と現地のコメンテーターによって命名された。また強靭なフィジカルとポイントガードとしては比較的大柄な体格でポストプレーも多用する。決して派手なプレーは多くないが、特に試合終盤での安定感は抜群であり、チームメートや監督からは絶大な信頼を得ている。



<その他>
・好きなニックネームは、"Smooth" である。

・2パック、ジェイ・Z等のラップを聞くのが趣味。

・好きなスポーツ選手としてマジック・ジョンソンとピストンズのガードだったジョー・デュマースを挙げている。

・結婚して妻と3人の子供がいる。3人の子供の名前はいずれも"C"で始まる。

・好きなNFLのチームはデンバー・ブロンコスである。

・従兄弟にNFLテネシー・タイタンズのランニングバック、レンデル・ホワイトがいる。

・弟のロドニーはデンバー大学のポイントガードだった。(現在NBAデベロップメント・リーグに在籍。)

・デンバー・ナゲッツ移籍に伴い背番号を「1」から「7」に変更、(2009-10シーズンにはまた「1」へ変更した。) 



<受賞歴>
NBAファイナルMVP:2004
オールスター出場:2006, 2007, 2008, 2009
オールNBA2ndチーム:2006
オールNBA3rdチーム:2007, 2009
オールNBAディフェンシブ2ndチーム:2005, 2006