[ 2011年08月18日 ]

マルク・ガソル(Marc Gasol)



マーク・ガソル(Marc Gasol)ことマーク・ガソル・サエス(Marc Gasol Sáez、1985年1月29日 - )は、スペインのプロバスケットボール選手。カタルーニャ州バルセロナ県のサン・ボイ・デ・リョブレガート出身。北米男子プロバスケットボールリーグNBAのメンフィス・グリズリーズ所属。ポジションはセンター。同じくNBAプレーヤーであるパウ・ガソルの実弟である。



家族・生い立ち
両親と兄と弟の5人家族。マークは次男にあたる。
看護師の父親(Agustí Gasol/アグスティ・ガソル)と、医師の母親(Marisa Sáez/マリサ・サエス)の次男として生まれる。両親は共にスペイン国内プロリーグの下部組織でプレー経験のある元・バスケットボール選手。
4歳年上の長男(パウ・ガソル)も、同じくプロバスケットボール選手でスペイン代表。2008年からは同じNBAの別チーム(ロサンゼルス・レイカーズ)に所属している。
そして、1994年には3男となるAdrià Gasol(アドリア・ガソル)が誕生。3男はアメリカのメンフィスの高校に通う予定で、2人の兄と同じくプロバスケ選手への道を目指している。



スペイン時代
下部組織時代・アメリカ留学
兄のパウも所属した、生まれ故郷のサン・ボイ・ダ・ジョブレガットのバスケチーム(Cantera Basquet Llor Sant Boi)に自らも入団し、バスケットボールを始める。その後、兄と全く同じように地元近くの名門FCバルセロナのユースチームにスカウトされ、入団。
2001年、兄のパウ・ガソルがNBAにドラフトされ、メンフィス・グリズリーズに入団すると、アメリカでの生活に不慣れなパウの為に家族皆で渡米。この際、マークはメンフィスにある高校(Lausanne High School)に編入。そこのバスケットボール部で活躍する。
2003年に卒業すると、母国スペインに帰国。FCバルセロナのジュニアチームに復帰。
その後間もなくトップチームに昇格し、プロデビューを果たす。



プロデビュー
CBジローナ在籍時のマーク
2003年に、兄と同じFCバルセロナでプロデビューすると、その後2年間同チームでプレー。
2006年、スペインA代表に選出され代表デビュー。この年日本で開催された世界選手権にスペインA代表として参加。兄(パウ・ガソル)とともに優勝に貢献した。そして次第にNBAのスカウトの目に留まるようになった。
2006-2007シーズンは、同じACBに所属するCBジローナへレンタル移籍。シーズン終了後、2007年のNBAドラフトにエントリーすると、ロサンゼルス・レイカーズから、2巡目全体48位で指名されるが、所属チームとの契約が残っている為、このシーズン終了後のNBA入りは見送った。
2007年、北京オリンピックの大陸予選を兼ねた2年に一度のバスケの祭典ユーロバスケットが母国スペインで開催され、2006年に世界選手権を制覇した時と全く同じメンバー、監督でスペイン初の優勝を狙うが、決勝戦でキリレンコ率いるロシア代表に破れ涙の銀メダル。
CBジローナでの2年目となった2007-08シーズンは獅子奮迅の活躍でACBのシーズンMVPを獲得。
2008年、引き続きスペインA代表に兄(パウ・ガソル)と共に選出され、同年に行われた北京オリンピックに出場。決勝戦でアメリカ代表に敗れるものの見事銀メダル獲得。
その後、自らの保有権を持つメンフィス・グリズリーズ[1]と3年972万ドルで契約し、入団。



プレイスタイル
セブンフッターの兄のパウよりも身長でさらに3センチ上回り、がっしりとした体躯が対照的。その分機動力で劣るが、迫力十分のポストプレーはNBAでも通用し、さらにパスセンスにも優れる。


脚注
兄パウのトレードによりクワミ・ブラウン、ジャバリス・クリッテントン、アーロン・マッキー、ドラフト1巡目指名権×2等と交換でメンフィス・グリズリーズに交渉権が移った。