[ 2010年03月03日 ]

クリス・ポール(Chris Paul)

クリス・ポール(Chris Paul)

<プレイヤー列伝>
クリス・ポール(Christopher Emmanuel Paul, 1985年5月6日 - )はアメリカ合衆国のバスケットボール選手。ノースカロライナ州ウィンストン・セーラム出身。北米プロバスケットボールリーグNBAのニューオーリンズ・ホーネッツに所属している。まだ若く小兵ながらもリーグを代表するポイントガードの一人である。




学生時代>
ウェスト・ホーサイス高校出身。高校最後のシーズンには30.8得点8.0アシスト5.0リバウンド6.0スティールの成績を残し、マクドナルド選出のオールアメリカンチームとノースカロライナ州のミスター・バスケットボールに選ばれた。このシーズンの11月15日、ポールの祖父が強盗に遭い殺害されるという惨劇が起こる。ポールは祖父の葬儀に出席した翌日の試合で、祖父の年齢と同じ61得点をあげた。州の高校記録である69得点に手が届く範囲であったが、ポールは故意にフリースローを外すなどし、この日の記録を祖父に奉げた。

高校卒業後、ウェイクフォレスト大学に進学。1年目から先発に抜擢され、同校のアシスト数、スティール数、フリースロー成功率、スリーポイントシュート成功率のルーキー記録を破る14.8得点5.9アシスト2.7スティールの成績を残し、カンファレンスの新人王を獲得。翌シーズンには15.3得点6.6アシスト2.4スティールの成績を残し、AP通信、米国バスケットボールコーチ協会、全米バスケットボール記者協会のオールアメリカンファーストチームに選出され、ウッデン賞、ネイスミス賞、アドルフ・ラップ賞の賞レースでは最終候補にまで残った。3年生には進学せず、NBAドラフトにアーリーエントリーした。



ニューオーリンズ・ホーネッツ>
2005年のNBAドラフトでニューオーリンズ・ホーネッツから1巡目4位指名を受けて入団する。ドラフト前はカレッジ界最高のポイントガードの呼び声が高かったが、ドラフトでは同じポイントガードのデロン・ウィリアムスに次ぐ全体4位指名だった。ルーキーシーズンとなった2005-06シーズン、ポールはスピーディ・クラストンと共にNBA屈指のスピードを誇るバックコートを形成し、全てのルーキー・オブ・ザ・マンスを独占。チームは前シーズンの勝ち星から20勝を上乗せし、ポール自身は16.7得点7.8アシスト5.1リバウンド2.2スティールの成績を残して、新人王投票では125票中124票を獲得(残りの1票はデロン・ウィリアムス)という圧倒的支持で新人王を獲得する。

2年目の2006-07シーズンはチームに故障者が多く、ポール自身も17.3得点8.9アシスト4.4リバウンド1.8スティールと、活躍したが18試合を欠場してしまっため、期待されたプレイオフ進出はならなかった。



リーグ最高峰のPGへ>
2007-08シーズンはホーネッツにとっては大躍進のシーズンとなった。前シーズンは怪我に泣いたが、主力全員が大きな怪我なく過ごし、本来の実力を発揮したホーネッツは快進撃を続け、56勝26敗の成績で地区優勝を遂げた。特にポールの活躍は目覚しく、彼がこのシーズンに記録した21.1得点11.6アシスト4リバウンド2.7スティールは、1992-93シーズンにティム・ハーダウェイが記録して以来の20得点10アシスト以上となる快挙であった。11.6アシスト、2.7スティールは共にリーグ1位の成績であり、ポールはアシスト王とスティール王の二冠を達成した。オールNBA1stトチーム、オールディフェンシブ2ndチームにも初選出され、ポールはNBA3年目にして早くもリーグトップPGの地位に上り詰めたことになる。MVP獲得の有力候補でもあったが、MVP投票では惜しくも2位で終わった。オールスターゲームにも初選出され、16得点14アシスト5スティールと敢闘賞的な活躍を見せ、地元ニューオーリンズで開催されたゲームを盛り上げた。初のプレーオフではチームの経験不足が心配されたが、ポールはそんなプレッシャーとは無縁だった。プレーオフ期間中はレギュラーシーズンを上回る24.3得点11.3アシストの成績を記録し、ホーネッツは1回戦でダラス・マーベリックスを破り、カンファレンス準決勝でサンアントニオ・スパーズと対決。前シーズンチャンピオンチーム相手にも堂々と渡り合ったが、最終第7戦でついに経験の差が表れ、ホーネッツは準決勝敗退となった。

2008-09シーズンのポールは、22年前にアルヴィン・ロバートソンが達成した106試合連続スティールを破る108試合連続スティール、開幕15試合連続20得点10アシスト以上達成という2つのNBA新記録樹立という派手な出だしとなったが、絶好調なポールとは対照的にチームはペジャ・ストヤコヴィッチやタイソン・チャンドラーらの不振で前年ほどの勢いは見られず、49勝33敗の成績に終わった。ポールは22.8得点11.0アシスト5.5リバウンド2.8スティール、FG成功率50.3%の成績で2年連続でアシスト王とスティール王の二冠を達成し、オールディフェンシブチームでは初めて1stチームに選出されている。プレイオフ1回戦ではデンバー・ナゲッツと対戦したが、ベテランPGのチャンシー・ビラップスに経験の差を見せ付けられ、1勝4敗の完敗を喫した。



<アメリカ代表>
2006年に日本で開催された世界選手権にアメリカ代表として出場し、ポールは9試合中6試合に先発出場し、通算44アシスト17スティール9ターンオーバーを記録する。代表は順調に勝ち進み、準決勝でギリシャと対戦。ポールはギリシャの201cmの長身ポイントガード、セオドロス・パパルーカスとのミスマッチに苦しみ、チームも敗戦。銅メダルに終わった。

2008年の北京オリンピックではベテランPGのジェイソン・キッドの参加が話題となったが、ポールは先発の座こそキッドに譲ったものの出場時間ではポール、キッド、デロン・ウィリアムスの3人の中では最も多く与えられ、金メダル獲得に大きく貢献した。

<プレイスタイル>
自らのドリブルでゲームを組み立てるポール2007-2008シーズンに一流PGの証である20得点10アシストをマークし、ナッシュやキッドを追い抜いて現役No.1のポイントガードの呼び声が高い。ゲームとチームをコントロールできる正統派ポイントガードであり、若手ながら強力なリーダーシップを発揮する司令塔。アシストはもちろん、スピードを武器に自らも得点でき、小柄ながら時には豪快なダンクを決めることもある。また、ドワイト・ハワードの上からダンクを叩き込めるほどのジャンプ力とボディバランスを持っている。スコアラー顔負けのスコアリングセンスを持っているが、シュートセレクションが的確でアンセルフィッシュな為、マーブリーのように利己的と批判されることは少ない。NBA入り当初はロングシュートの精度に問題を抱えていたが、近年はスリーポイントシュートの成功数も増加しており、シュートエリアを確実に広げている。上背がないためミスマッチを避けられないが、積極的にスティールを狙うことでカバーし、スティール数は毎シーズンリーグ上位に入っている。また、プレイングタイムに対するターンオーバーが少ない。



<タイトル・受賞>
新人王:2006
アシスト王:2008,2009
スティール王:2008,2009
オールスター出場:2008,2009
オールNBAチーム
1stチーム:2008
2ndチーム:2009
オールディフェンシブチーム
1stチーム:2009
2ndチーム:2008
オールルーキー1stチーム:2006

<私生活・その他>
・NIKEのジョーダン・ブランドと契約。

・熱狂的なボウリング好きである。

・NFLのニューオーリンズ・セインツに所属するレジー・ブッシュとは親友で、ルイジアナで近所に住んでいる。NBA内ではレブロン・ジェームスとは特に親しく、またライバルとされるデロン・ウィリアムスとも私生活では親友の一人である。

・アメリカ代表では年齢が一番若かったため荷物持ちだった。