[ 2010年03月03日 ]

クリス・ボッシュ(Chris Bosh)

クリス・ボッシュ(Chris Bosh)

<プレイヤー列伝>
クリス・ボッシュ(Christopher (Chris) Wesson Bosh, 1984年3月24日 - )は、アメリカ合衆国のバスケットボール選手。北米男子プロバスケットボールリーグNBAのトロント・ラプターズに所属している。テキサス州ダラス出身。身長208cm、体重104kg。ポジションはパワーフォワード、センター。背番号は「4」。サウスポー。ラプターズのフランチャイズプレイヤーであり、リーグを代表するPFの一人。



学生時代>
テキサス州ダラスで生まれ、同州のハッチンズで育った。少年時代はバスケットのほか野球にも熱中し、憧れの存在はケビン・ガーネットだった。

高校はリンカーン高校でプレイ。ボッシュが最終学年の時に同校はシーズン40戦全勝し、州タイトルを獲得した試合では16990人の大観衆の前で23得点17リバウンド9ブロックと大活躍をした。在学中にボッシュは州のミスター・バスケットボール、パレード誌とUSAトゥデイ紙選出のオールアメリカンなどに選ばれた。

大学はジョージア工科大学に進学。1年生ながら全試合に先発出場し、15.6得点9.0リバウンド2.0ブロックの成績を残し、カンファレンスの新人王とオールセカンドチームに選ばれた。大学では1シーズンのみプレイし、2003年のNBAドラフトにアーリーエントリーした。



<トロント・ラプターズ>
この年はレブロン・ジェームズ、カーメロ・アンソニー、ドウェイン・ウェイドなど将来のスター候補生が犇いていたが、ボッシュはトロント・ラプターズから全体4位指名を受けてNBA入りを果たした。

彼を指名したラプターズのチーム環境はあまり良好とは言えず、成績は低迷しており、エースのヴィンス・カーターはチームに対しトレード要求をしていた。また本来のセンターだったアントニオ・デイヴィスがシーズン前に移籍してしまったため、ルーキーシーズンのボッシュはセンターを任せられた。センターとしては細身であるボッシュはサイズのあるビッグマンとのマッチアップを強いられたが、1試合平均11.5得点7.4リバウンド1.41ブロックを記録し、通算リバウンドとブロックでラプターズのルーキー新記録を更新。オールルーキーファーストチームに選出された。

翌2004-05シーズン中にはカーターのトレードが決まったため、ボッシュに掛かる周囲の期待はより大きなものになった。チームは低迷を続けたがボッシュは個人成績を着実に伸ばしていき、3年目の2005-06シーズンには弱冠21歳にしてチームキャプテンに就任。ラプターズは名実ともにボッシュのチームとなり、ボッシュは周囲の期待に応えるようにこのシーズンは初の平均20得点超えとなる22.5得点9.2リバウンドの成績を残し、オールスターでは同期のカーメロ・アンソニーより先に初出場を果たした。シーズン終盤には故障で10試合を欠場してしまうが、この期間ラプターズは1勝9敗の成績に沈み、ラプターズにとってボッシュが代えの利かない選手であることを証明する形となった。オフにはラプターズと4年6,500万ドルの巨額契約を結んだ。
 
自身のブレイクと共に髪型もドレッドヘアに変更した新シーズンを迎える前、ラプターズはロスターを大幅に入れ替え、4ヶ国の選手が在籍する多国籍軍と化した。2006-07シーズンはオールスターブレーク前こそ勝率5割前後を行き来していたが、中盤からボッシュを中心に国際色豊かなチームは機能し出し、47勝35敗を記録してチーム史上初のデビジョン優勝を果たした。ボッシュ自身は一流ビッグマンの証である大台20得点10リバウンドを越える22.6得点10.7リバウンドのアベレージを残し、2月7日のオーランド・マジック戦ではキャリアハイの41得点を記録している。オールスターでは初めてファン投票により選出され、イーストチームのスターターにはボッシュの他に、レブロン・ジェームス、ドウェイン・ウェイドといった2003年ドラフト組み3人が揃い踏みした。オールNBAチームにも初選出され、2ndチームに名を連ねている。初のプレイオフでは経験不足が災いし、1回戦でかつてのチームメイトであるヴィンス・カーター擁するニュージャージー・ネッツの前に2勝4敗で敗れた。ボッシュ自身プレイオフ期間中は17.5得点9.0リバウンドとレギュラーシーズンを下回る成績だった。

さらなる飛躍が期待された2007-08シーズンは、自身チーム共に故障が多発したため、勝率は前シーズンよりも下降。プレーオフには進出したが、2シーズン連続で1回戦敗退となった。ボッシュは22.2得点8.7リバウンドをあげるが、2年連続のオールNBAチーム選出はならなかった。

2008-09シーズンを迎えるにあたり、ラプターズはボッシュ以前にイースタン・カンファレンスのトップパワーフォワードだったジャーメイン・オニールを獲得。ボッシュとのビッグマンデュオは大きな注目を集めたが、オニールの獲得は期待はずれの結果に終わりチーム成績は低迷。結局オニールはラプターズで1シーズン過ごすことなく、チームを去った。ボッシュは21.5得点9.5リバウンドの成績を残すも彼の奮闘も実らず、ラプターズは33勝49敗の成績に沈み、プレイオフ進出も逃した。



<アメリカ代表>
北京五輪ボッシュの国際舞台デビューは2002年のジュニア世界大会で、この時は4勝1敗で銅メダルの結果に終わっている。

アメリカ代表には2006年に日本で開催された世界選手権にて初参加。レブロン・ジェームズ、カーメロ・アンソニー、ドウェイン・ウェイドら2003年ドラフト組みと共に戦ったが、この時も準決勝でギリシャ代表に破れ、銅メダルに終わっている。ボッシュ自身はフィールドゴール成功率で大会6位の成績を残している。

2008年の北京オリンピックでは主にドワイト・ハワードのバックアップとしてセンターでプレイし、9.1得点6.1リバウンドの成績を残し、代表チームの金メダル獲得に貢献した。



<プレイスタイル>
優れたシュートタッチ、アスレチック能力、ボールハンドリングを武器に得点を量産する左利きのビッグマン。同ポジションのスーパースターであるケビン・ガーネットを髣髴とさせる風貌とプレイスタイルの持ち主である。パワーには頼らず、多彩なステップワークと広いシュートエリアを武器に得点を重ねることができ、特にソフトタッチで放たれるミドルレンジからのジャンプショットはビッグマンとしては素晴らしい決定力を誇る。近年は3Pシュートも身に着けつつある。

リーダーとしてのボッシュは率先して声を出すタイプではなく、自身の試合に対する態度でチームメイトを牽引していくが、もしコートに不協和音を持ち込む選手が居れば、厳しい非難を加えるリーダーとしても知られる。パワーフォワードとしてはやや細身であるため、フィジカルコンタクトに弱いという指摘を受けている。 



<その他>
・オフコートでのボッシュ全国認定委員会(National Honor Society)のメンバー。

・2004年に青少年支援を目的にボッシュ財団を設立。地域への貢献が評価され、NBA Community Assist Awardを受賞。

・動画共有サイトYouTube内に『CB4TV』というボッシュ専用のコーナーを設けている。2008年のオールスター前にはコント仕立ての動画を公開し、ファンに自分に投票するよう呼びかけた。結果はファン投票による出場はならなかったが、ファン投票1位だったケビン・ガーネットが怪我により出場を辞退したため、ボッシュは先発出場することができた。