[ 2012年10月28日 ]

アマーレ・スタウダマイアー(Amar'e Stoudemire)

アマーレ・スタウダマイアー

【基本情報】※2013/10/30現在
名前:アマーレ・スタウダマイアー
英名:Amar'e Carsares Stoudemire
愛称:STAT
生年月日:1982年11月16日
出身:フロリダ州レイクウォレス
身長:208cm
体重:109kg
足のサイズ:35.0cm
ポジション:PF/C
所属チーム:ニューヨーク・ニックス
背番号:1
ドラフト:2002年1巡目9位



<生い立ち>
アマーレ・スタウダマイアーは、12歳で父親を亡くし、母親も刑務所暮らしだった為に、高校時代には5回転校するほどに苦労の絶えない生活をしていた。
バスケットボールを本格的に始めたのは、15歳の時で、高校でバスケ部はわずか2年の在籍であったにも関わらず、ナイキ・サマーリーグでMVPを獲得し、オールアメリカに選出されるなど名前が知られるようになった。
メンフィス大学への進学が決まっていたが、家計を助ける為に、高卒でNBAでNBAへエントリーし、フェニックス・サンズから2002年NBAドラフト1巡目9位で指名を受けた。



<フェニックス・サンズ時代>
・2002-2003シーズン
当時、高卒で入ってくるプレイヤーが少なかったこともあり、決して評判が高かったわけではないが、サマーリーグで評価をあげ、ルーキーイヤーから71試合の先発出場を果たし、平均13.5得点、8.8リバウンド、1.06ブロックと新人としては高い数字を記録した。
ルーキーイヤーの31試合目にあたるミネソタ・ティンバーウルブズ戦では38得点のインパクトを与え、同年のドラフト1位指名選手であるヤオ・ミン等を抑え、高卒選手史上初めてのルーキー・オブ・ザ・イヤーを受賞した。
※翌年には、同じく高卒でNBA入りをしたレブロン・ジェームズも新人王を受賞している。

・2003-2004シーズン
シーズン中は怪我をしてしまいわずか55試合しか出場出来ず、チームを29勝53敗の負け越しに導いてしまった。
しかし、2004年には、アテネオリンピックのアメリカ代表として銅メダル獲得に貢献した。

・2004-05シーズン
サンズにスティーブ・ナッシュが加わり、自身もチームも大躍進を遂げる。レギュラーシーズンを62勝20敗で終え、スタウダマイアーは一試合平均26得点をあげる。オールNBAセカンドチームに選出され、控えフォワードとしてオールスターにも選出された。プレーオフではカンファレンスファイナルへ進出しサンアントニオ・スパーズと対戦。1勝4敗で敗れるものの、スタウダマイアーは平均37得点をあげ躍進した。

2005年2月には、NBAオールスターゲームとスラムダンクコンテストに出場、ナッシュとのコンビプレイで会場を大いに沸かせた。(ボードから跳ね返ったボールをナッシュがヘディングし、それをアリウープで決めた)



2005-06シーズンは、膝の故障のためにシーズンのほとんどを棒に振ってしまった。わずか3試合の出場に留まり、プレイオフも欠場した。彼の欠場にも関わらず、サンズはカンファレンスファイナルまで進出し、チームはより充実さを増した。スタウダマイアーが復帰する2006-2007シーズン、サンズは優勝候補に挙げられるようになる。

2006-2007シーズンは、事前の予想通りサンズは快進撃を続け、リーグ2位の勝率でシーズンを終える。スタウダマイアーはナッシュと共にオールNBA1stチームに選出され、名実ともにリーグのトップセンターとなった。プレイオフでは1回戦早々にレギュラーシーズン1位の勝率だったダラス・マーベリックスが敗退。サンズの優勝する可能性が一気に高まった。カンファレンスセミファイナルのサンアントニオ・スパーズとの対戦で、スタウダマイアーがブルース・ボウエンから危険なファウルを受けたことに対し、「スパーズはダーティなチーム」と発言したことによりシリーズに暗雲が立ち込める。そして第4戦で事件が起こった。ナッシュがロバート・オーリーから体当たりに近いファウルを受け突き飛ばされた。これに対し普段温厚なナッシュもオーリーに言い寄った。このときベンチに控えていたスタウダマイアーとボリス・ディアウは咄嗟にコートに足を踏み入れてしまい、この行為が乱闘を助長するものとされ、1試合の出場停止処分を受ける事態となった。重要な第5戦をスタウダマイアーの不在で落としたサンズは、そのままシリーズ敗退となり、初のファイナル制覇の夢を砕かれることになった。端を発したのはスパーズ側の危険なファウルであり、そもそも乱闘への参加という程大げさなものでもなく席を離れただけであり、不可解な裁定でシリーズを台無しにしたこの事件は物議を醸した。



<プレイスタイル>
パワーと機動力を兼ね備えたプレイスタイルで得点を量産するスコアラー。特にインサイドではその身体能力を前面に押し出したスタイルが持ち味で、リーグでもトップクラスの得点力を誇る。抜群の跳躍力で自分より大きなセンタープレーヤーの上から強烈なスラムダンクを叩き込む様は圧巻である。一方でペリメーターシュートやフリースローも起用にこなすことができる。近年はディフェンス面でも成長し、観客を沸かせる豪快なブロックも持ち味の一つとなった。故障が多いのが最大の悩みの種。NBAでの自己最多得点は50得点(2005年1月2日対ポートランド・トレイルブレイザーズ戦)。



<その他>
・06-07シーズンから背番号を「32」番から「1」番に変更した。

・バスケットボールは15歳から始めた。

・ニックネーム「STAT」は"Standing Tall and Talented"の略。

・フェニックス市街地にStoudemire's Downtownというレストランを開いている。

・靴のサイズはUSサイズで17(約35センチ)。

・娘1人、息子1人をもうけている。

・2009オールスターゲームでは2009年のMVPレブロン・ジェームズをドリブルで抜いた。



<受賞>
オールスター出場:2005, 2007, 2008, 2009
オールNBA1stチーム:2007
オールNBA2ndチーム:2005, 2008
オールルーキー1stチーム:2003
ルーキー・オブ・ザ・イヤー:2003