[ 2010年02月19日 ]

バスケットボールの歴史(初めての試合)

前回のバスケットボールの歴史の続きです。


<初めてのバスケットボールの試合>
1891年12月21日(Mon)アメリカ東部時間AM11:30にJ.ネイスミスは集まってきた18人の学生に13箇条を説明し、歴史上初めてのバスケットボールのゲームが開催されました。



J.ネイスミスの回顧
J.ネイスミスは18人を9人ずつのチームに分け、フォワードに3人、センターに3人、バックに3人ずつ配置し、センターから二人選び、ボールがティップオフされました。このときの様子をJ.ネイスミスはつぎのように回顧しています。

予期していたように、初めはファウルが頻発した。二回目のファウルを犯した者は次のシュートが成功するまで退場することになっていたので、大半が退場者となってしまった。しかし、無理もない。いままで一度もプレーしたことがないゲームだから、彼らは一体どうしたらよいのか、見当もつかなかったのだ。

チームワークもあるはずがなく、とにかく、ひとりひとりがベストを尽くすのみだった。フォワードは必死にシュートを狙い、バックは相手のシュートを懸命になって防ぐ。1チームの人数が多すぎた割には逆にフロアが狭すぎたようだ。だから、フロアのどこにても、全部のプレーヤーにシュートチャンスがあり、誰もがシュートして得点しようと、もう無我夢中だったのだ。


ともあれ、いまにして思えば、あの時は本当に必死だった。そして、ガードがフォワードに懸命にパスし、それをなんとかコンビネーションでつないでシュート成功に結びつけようとした。

きっとアメリカンフットボールなみの猛烈な体当りの激闘だったに違いない。ドリブルピヴォットスクリーンプレイもない。あるわけがない。ただひたすらにボールを奪い合ってパス、パス・・・。なにしろ「ボール保持者は走ってはいけない」から、ボールをキャッチしたプレーヤーはその場にジッとしたまま。そこへ敵味方合わせて17人が殺到。必死のパスでボールが動く。そうすると、そのボールを追いかけてまた17人がドドッ。これではシュートができるわけがない。

しかし、、この激戦に遂にケリがついた。ウィリアム.R.チェイスという学生がこの壮烈なボールの奪い合いの一瞬の隙をついて、たまりかねたようにフロアの真ん中あたりから超ロングシュート。それが奇跡的に成功したのだ。



<参考文献>
書物:バスケットボール指導教本(日本バスケットボール協会)

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