[ 2011年03月22日 ]

ホセ・カルデロン(Jose Calderon)



ホセ・カルデロン(Jose Calderon)ことホセ・マヌエル・カルデロン (José Manuel Calderón, 1981年9月28日 - )は、スペインのプロバスケットボール選手。北米男子プロバスケットボールリーグNBAのトロント・ラプターズに所属。エストレマドゥーラ州バダホス県出身。ポジションはポイントガード。身長191cm、体重95kg。



略歴
スペインリーグスペインのジュニア代表として様々な国際大会で経験を積んだ後、1999-2000シーズンにはスペインリーグのCBルセントゥム・アリカンテでプロデビューを果たした。アリカンテでは2シーズンプレイし、2001-02シーズンにはバロンセスト・フエンラブラダに移籍、さらに翌シーズンにはタウ・セラミカに移籍する。

タウ・セラミカデは飛躍的に出場時間が伸び、移籍1年目の2002-03シーズンには平均17.5得点を記録した。翌シーズンには得点こそ落とすがその他のスタッツは軒並み上昇し、2004-05シーズンには12.4得点3.0アシスト、フィールドゴール成功率は56.7%、スリーポイントシュート成功率は45.5%を記録した。カルデロンの貢献でこのシーズンにチームはユーロリーグトーナメント準決勝まで進出した。



NBA
新人年のカルデロンは、ベンチからの出場が殆どだった。ドラフトにはエントリーしなかったが、トロント・ラプターズの勧誘を受けてNBA入りを決意。ルーキーイヤーとなった2005-06シーズンは64試合に出場し、5.5得点4.5アシストの成績を残した。

シーズン終了後、ラプターズは多くの海外出身選手を獲得。カルデロンとはスペイン代表のチームメイトでもあるホルヘ・ガルバホサもラプターズに入団した。

2006-07シーズンはカルデロンは新たに先発PGになったT・J・フォードの控えとして申し分ない活躍をし、ラプターズの4シーズンぶりのプレーオフ出場に貢献した。カルデロン自身は8.7得点5.0アシストの成績だったが、その実力はリーグ最高の控えPGという評価を受けた。

2007-08シーズンはチーム内に故障者が続出、先発PGのフォードも戦線離脱したため、カルデロンはより多くの出場機会を得た。56試合に先発出場、11.2得点8.3アシストの成績を残し、平均アシストはリーグ5位の成績だった。

2008-09シーズンはフォードが移籍したことにより先発PGに固定された。チームはプレイオフに進めなかったが自己最高の12.8得点8.9アシストの成績を残した。特に注目されたのがフリースロー成功率で154本試投して成功が151本。失敗はシーズンを通じて僅か3本、成功率98.1%とNBA史上最高の驚異的な成功率を残した。


代表歴
スペインは近年バスケットボール選手の育成に力を入れ、パウ・ガソル、ホルヘ・ガルバホサ、ファン・カルロス・ナバーロなどの優秀な選手を輩出。この強化計画は2006年の世界選手権の優勝という形で実を結んだ。彼らは言わばスペインバスケットボールの黄金世代であり、カルデロンもその黄金世代の一員である。

ジュニア時代は1998年のミュンヘンジュニア国際大会、ヴァルナジュニア欧州選手権優勝で優勝。2001年、日本で開催されたヤングメン世界選手権では5位に入った。

2002年にはスペイン代表に招集され、この年のインディアナポリス世界選手権では5位。翌2003年には欧州選手権で準優勝を飾った。アテネオリンピックではキャプテンとして出場した。

そして2006年、日本で開催された世界選手権ではガソル、ガルバホサらと共にスペインを初優勝に導いた。ギリシャ代表を降した決勝では17得点をあげた。

2008年の北京オリンピックで銀メダルを獲得した。



プレイスタイル
堅実なゲームメークが売りの司令塔。その姿勢は数字にも表れており、フィールドゴール成功率、スリーポイントシュート成功率は共に高水準を維持している。2007-08シーズンに記録した平均8.1アシストに対する平均1.5ターンオーバー(アシスト/ターンオーバー比率5.4)は特筆に価する。

スリーポイントシュートを成功させた時に、両手の指で丸を作るパフォーマンスがファンの人気を呼んでいる。