[ 2011年12月21日 ]

ブレイク・グリフィン(Blake Griffin)

ブレイク・グリフィン(Blake Griffin)

<2011/12/21更新>
ブレイク・グリフィン(Blake Griffin, 1989年3月16日 - )はアメリカ合衆国のバスケットボール選手。北米プロバスケットボールリーグNBAのロサンゼルス・クリッパーズに所属している。オクラホマ州オクラホマシティ出身。ポジションはパワーフォワード。オクラホマ大学での2年間のプレイで大学主要タイトルを総なめにし、2009年のNBAドラフトにてロサンゼルス・クリッパーズから全体1位指名を受けてNBA入りする。



学生時代
高校はグリフィンの父がコーチを務めるオクラホマ・クリスチャン高校でプレイし、在学中の4年間全てで州のチャンピオンシップに導いた。2年目の2004-05シーズンにはグリフィンは州のオールチームに選ばれるが、彼の兄であるテイラー・グリフィンも優秀なバスケットボール選手で、テイラーはこの年の州の年間最優秀選手に選ばれている。2005-06シーズンには21.7得点12.5リバウンド4.9アシストをあげ、兄に続いて州の年間最優秀選手に選ばれた。最終学年の2006-07シーズンには16.8得点15.1リバウンド4.9アシストをあげ、2年連続の年間最優秀選手とマクドナルドオールアメリカンに選ばれ、高校オールスターゲームであるマクドナルド・オールアメリカンゲームのスラムダンクコンテストでは見事に優勝を果たした。



オクラホマ大学
大学はオクラホマ大学に進学。1年目の2006-07シーズンから先発に抜擢され、14.7得点9.1リバウンドの成績を残してオクラホマ大を23勝12敗の成績に導き、ビッグ12カンファレンスの1stチームとオールルーキー1stチームに選出される。オクラホマ出身の選手がオールルーキーチームに選ばれるのは1983年以来のことだった。

2007-08シーズンには22.7得点14.4リバウンド、FG成功率65.4%を記録。シーズン通算504リバウンドはカンファレンス歴代最高記録となり、NCAA1部の選手としてはラリー・バードが1978-79シーズンに記録した505リバウンド以来の好記録となった。またシーズン中に達成した30回のダブル・ダブルはデビッド・ロビンソンが残したNCAA記録にあと1つまで迫った(オクラホマ大の新記録)。2月14日のテキサス工科大学との試合は、グリフィンの大学時代のベストゲームに挙げられる。彼はこの日31分間のプレイで40得点(FG:19-22 成功率72.7%)23リバウンドをあげ、チームを95-74の勝利に導いた。グリフィンは40得点20リバウンド以上をあげたオクラホマ大男子バスケットボールチーム史上3人目の選手となった。

2009年のNCAAトーナメントではオクラホマ大を2003年以来となるSweet16にまで導いてる。各賞レースではネイスミス賞、ジョン・ウッデン賞、AP通信選出の年間最優秀選手、カンファレンスの年間最優秀選手に選ばれた。



故障
グリフィンはオクラホマ大学時代に度重なる故障に悩まされている。2008年1月14日の試合では膝の捻挫でそのまま担架で運ばれ、次の試合も逃した。2ヵ月後には再び右膝を捻挫して軟骨を損傷し、関節鏡視下手術を受けている。2008年2月21日の試合ではプレイ中の衝突で脳震盪を起こしベンチに下がった。後遺症が心配されたが2月28日のテキサス工科大との試合では20得点19リバウンドをあげて見事に復活を遂げている。



ロサンゼルス・クリッパーズ
オクラホマ大では2年間だけプレイし、2009年のNBAドラフトにアーリーエントリーを宣言。エントリー宣言の記者会見はESPNによって全米放送された。エントリーの時点でグリフィンは全体1位指名を確実視されており、そしてドラフト当日はロサンゼルス・クリッパーズから全体1位指名を受けてNBA入りを果たした(兄のテイラー・グリフィンもフェニックス・サンズから全体43位指名を受けた)。低迷が続くクリッパーズは再建を図るためオフにグリフィンと同じパワーフォワードのスター選手、ザック・ランドルフを放出しており、グリフィンに大きな期待を掛けている。



2009-10シーズン
2009-10シーズン、グリフィンは大きな期待をかけられていたが、プレシーズンマッチ最終戦で足に重傷を負ってしまった。グリフィンのルーキーイヤーは、シーズン全休という残念なものになってしまった。



2010-11シーズン
2010-11シーズン、遂にグリフィンはNBAキャリアをスタートさせた。しかしシーズン開幕当初はドラフト1位で100年に一人の逸材とまで言われたジョン・ウォールの新人王獲得が最有力と見られており、グリフィンは怪我の影響で前年ほど期待されていなかった。だがシーズンがスタートすると、新人らしい思い切りの良いプレーで持ち前の身体能力を存分に発揮してダンクを量産、ダンクコンテストは初出場で初優勝を果たした。チームは前年から3勝を積み上げただけの32勝50敗と低迷したが、終盤になっても勢いは衰えなかった。終わってみれば全試合出場で平均22.5得点、12.1リバウンドというNBAデビュー年とは思えないスタッツを残し、新人王投票ではウォールらライバル選手を寄せ付けず、ラリー・バード以来となる満票で新人王を獲得。



プレイスタイル
優れた体格と身体能力、敏捷性を併せ持つPF。その身体能力を活かした迫力のあるダンクは見るものを魅了し、テクニックあるプレイも数多く見せる。2010-2011シーズンはPGのバロン・デイビスとのアリウープで得点を量産した。現役の選手ではアマレ・スタウダマイアーに例えられる。ミドルレンジのシュートやフリースローはまだ改善の余地がある。2010-11NBAオールスター・スラムダンクコンテストにて車を飛び越えるダンクを披露し、見事優勝に輝いた。



備考
身長はシューズを脱いで204cm、履いて208cmだった。