[ 2011年12月31日 ]

マイケル・レッド(Michael Redd)



マイケル・レッド(Michael Redd, 1979年8月24日 - )は、アメリカ合衆国のバスケットボール選手。オハイオ州コロンバス出身。アメリカプロバスケットボールリーグNBAのミルウォーキー・バックスに所属している。ポジションはシューティングガード。サウスポー。



<経歴>
大学はオハイオ州立大学でプレイ。大学での通算アベレージは19.6得点6.2リバウンド。1年目のシーズンには平均21.9得点を記録している。

オハイオ州立大学では3年プレーした後、2000年のNBAドラフトにアーリーエントリーし、ミルウォーキー・バックスから指名を受けてNBA入りした。大学時代はスター選手として活躍していたが、ドラフトでは2巡目全体43位という大変に低い評価だった。



<ミルウォーキー・バックス>
ルーキーイヤーの2000-01シーズン、レッドは僅か6試合しか出場機会を与えられなかった。ドラフト下位指名者のルーキーにとってはNBAでの生き残りさえ危ぶまれる数字だったが、レッドはここから這い上がり、ドラフト時の評価を覆す活躍を見せるようになる。2年目の2001-02シーズン、レッドはエーススコアラーのレイ・アレンの控えとして貴重な役割を果たし、平均得点を二桁に乗せ、得意のスリーポイントシュートの成功率は44.4%を記録し、いきなりリーグ8位にランクされた。2002-03シーズンには、15.1得点を挙げる貴重な選手となり、スリーポイントシュート成功率はリーグ2位にまで上昇する。

そして2003-04シーズン、バックスは主力選手を大量に放出し、レッドはエースの大任を任せられることになった。レッドはチームの期待に応え、21.7得点を挙げる強力なシューターとなり、自身初のオールスターゲーム出場を果たした。さらに同シーズン、オールNBAサードチームにも選出された。04-05シーズンは、自己最高の平均得点を挙げた(23.0得点)。2004-05シーズン終了後、チームと大型契約を結び、ますますエースとしての責任感が問われることになった。

2005-06シーズンも自己最高の平均得点を記録(25.4得点)し、プロ入り以来5年連続で平均得点を伸ばした。また、チーム史上2人目となる1シーズンで2,000得点以上(2,028得点)を記録した(1人目はカリーム・アブドゥル=ジャバー)。プレイオフでは1回戦でデトロイト・ピストンズに1勝4敗で敗れたが、レッド自身は勝利した第2戦でのプレイオフ・キャリアハイとなる40得点を含め、シリーズ全体で27.2得点と活躍した。

2006-07シーズンは、11月11日のユタ・ジャズ戦でキャリア初の50点越えとなる57得点を記録し、平均得点も前シーズンよりさらに伸ばし26.7得点だったが、故障により53試合の出場にとどまり、チームもプレイオフ出場を逃した。翌2007-08シーズンには22.7得点に留まり、キャリアで初めて成績を落とした。



<代表歴>
2006年の世界選手権の代表候補に選ばれていたが、結婚したため辞退。翌2007年夏の北京オリンピック予選のアメリカ代表に選ばれ、チーム最多の29本の3Pシュートを成功させるなど、優勝に大きく貢献した。



<プレイスタイル>
NBAを代表するスリーポイントシューターで、外角からのシュートは非常に正確。振りかぶるような独特のシュートフォームだが、リリースが抜群に早いのが特徴。入りだしたら止まらなくなるタイプのシューターで、1クォーターでの3Pシュート成功数のNBA記録を持っている(8本)。またアウトサイドシュートだけでなく、年々ドライブインからの得点を増やしている。



<受賞歴>
・All NBA 3rd Team(2003-04シーズン)
・NBAオールスターゲーム出場(2004年)