[ 2009年06月23日 ]

ヒューストン・ロケッツ(Houston Rockets)



ヒューストン・ロケッツ(Houston Rockets)は、アメリカ合衆国テキサス州ヒューストンに本拠を置く全米プロバスケットボール協会(NBA)のチーム。ウェスタン・カンファレンス、サウスウェスト・ディビジョン所属。チーム名のRocketsは本来サンディエゴに本拠地があった当時、当市では軍需産業が盛んなことからロケット弾を表しているが、後にヒューストンに移転してからはNASAのイメージから、平和的なロケットがイメージされるようになった。



<サンディエゴ・ロケッツ>
ロケッツは、1967年にカリフォルニア州サンディエゴで設立されたサンディエゴ・ロケッツとしてNBAに加わった。初年度のロケッツはドラフトでパット・ライリーを指名。2年目には初期のロケッツで中核となるエルビン・ヘイズをドラフト全体1位で獲得した。ヘイズは新人で得点王になるなど活躍したが、創設後数年間のロケッツはリーグでも最下位になるなど苦しいシーズンが続いた。

ロケッツは1970年のドラフト1順目でルディ・トムジャノビッチ、2順目でカルビン・マーフィーを獲得。二人はその後のロケッツを支える選手になったが、チームの勝率は5割前後を行き来し、リーグ中堅程度の時代が続いた。


<ヒューストン・ロケッツ初期>
1971年にチームはテキサス州ヒューストンの実業家に買い取られて同地に移転し、ヒューストン・ロケッツと改称した。ヒューストンには宇宙基地があり、ロケッツという名称はこの都市にふさわしいものとして変更はされなかった。

1972年にヘイズはトレードでチームを去り、1976年にはモーゼス・マローンをトレードで獲得。その後チームの中心選手として活躍したのはマローンだった。1978年のシーズン前半、ロサンゼルス・レイカーズとの試合中に乱闘事件があった。レイカーズのカーミット・ワシントンとロケッツのケビン・カナートの喧嘩を仲裁しようとしたルディ・トムジャノビッチの顔面にワシントンの拳が入り、トムジャノビッチは顔を複雑骨折する重傷を負った。トムジャノビッチは翌シーズンまで復帰できなかった。

1981年、40勝42敗と平凡な成績に終わったロケッツは、マローンなどの活躍もあってプレイオフで奮闘。チーム史上初めてNBAファイナルまで勝ち進んだが、4勝2敗でボストン・セルティックスに敗れた。ルディ・トムジャノビッチはこのシーズンを最後に引退、翌シーズンにモーゼス・マローンはトレードされ、さらに翌1983年、カルビン・マーフィーも引退した。


<オラジュワンの時代>
同じ83年のドラフトで、ロケッツは身長224cmのラルフ・サンプソンをドラフト1位で獲得。翌年も1位指名権を得たロケッツはアキーム・オラジュワンを指名。二人は「ツインタワー」としてチームを牽引した。51勝31敗とディビジョン1位でシーズンを終えたロケッツは、プレイオフで番狂わせを演じ、ロサンゼルス・レイカーズを破ってNBAファイナルに進出。しかしボストン・セルティックスに2勝4敗で敗退した。
その後サンプソンは怪我に苦しみ、1988年にトレードされた。オラジュワンは次第にリーグを代表するセンターに成長していったがチームは勝てず、ロケッツは凡庸なチームとして80年代を過ごした。

1992年のシーズン中に、かつてロケッツで選手として活躍したルディ・トムジャノビッチが監督に就任。翌年にはドラフトでサム・キャセールを獲得し、オラジュワンはリーグで最も支配的なセンターになっていた。1994年にはリーグ2位の58勝24敗の成績でプレイオフに臨んだロケッツはNBAファイナルまで勝ち進み、ニューヨーク・ニックスと対戦。最終の第7戦までもつれたシリーズをロケッツが勝利し、チーム史上初めての優勝を手にした。

翌シーズンはシーズン途中にクライド・ドレクスラーをトレードで獲得したものの47勝35敗と勝率が落ち込みウェスタン・カンファレンス6位に終わったが、プレイオフに入ると1stラウンドでジャズを相手に1勝2敗、カンファレンス準決勝でもサンズを相手に1勝3敗と、それぞれシリーズ王手をかけられた状況から大逆転勝利と、チャンピオンチームの底力を発揮し再びNBAファイナルに進出した。下馬評では有利と言われたオーランド・マジックを4勝0敗で破り、2年連続の優勝を果たした。この2年間はチーム史上の黄金時代となった。関連ビデオとして、「Clutch City」が発売されている。

翌シーズン優勝を逃したロケッツは、1996年にチャールズ・バークレーをトレードで獲得し、オラジュワン、ドレクスラーと並んでリーグを代表する3選手を揃えた。このシーズンは57勝25敗と優秀な成績だったがプレイオフではカンファレンス・ファイナルでユタ・ジャズに敗退。続くシーズンのプレイオフでは1回戦でユタ・ジャズに敗れ、シーズンが終わるとドレクスラーは引退した。翌シーズンにはスコッティ・ピッペンがチームに加わったが、ロケッツはロサンゼルス・レイカーズに1回戦で敗退した。ピッペンはシーズン後にチームを離れ、バークレーは2000年に引退、翌年オラジュワンはトレードされた。


<姚明とマグレディの時代>
以降のチームは1999年にドラフトで指名されたスティーブ・フランシス、2002年に獲得した姚明ら若手選手を核とした再建に入った。21世紀初頭の数シーズンを勝率5割前後で推移した後、2004年6月に、フランシスとの交換でトレイシー・マグレディを獲得し、マグレディと姚明がチームの中心となった。

得点王獲得経験もあるマグレディと姚明のコンビはリーグでも有数のディオとして期待されたが、2人とも故障が多く、なかなか両者が揃ってコートに並び立つということが少なかった。2004-05シーズンは勝率を6割まで伸ばしたが、プレイオフ初戦で敗退。翌シーズンは、マグレディや姚明の欠場が多く、序盤に大きく星を落としプレイオフを逃す結果となった。2006-07シーズン、2007-08シーズンも故障者に悩まされ続けるが、勝率は50勝以上を記録しプレーオフには2シーズン連続で進出。監督がジェフ・ヴァン・ガンディからリック・アデルマンに交代した2007-08シーズンにはNBA歴代2位となる22連勝を記録するなど、周囲を驚かせたが、プレーオフでは2シーズン連続でユタ・ジャズの前に敗退している。


<年代別主要選手>
太文字…殿堂入り選手 (C)…優勝時に在籍した選手 (M)…在籍時にMVPを獲得した選手 (50)…偉大な50人

1960年代 (プレイオフ進出:1回)
ジョン・ブロック (John Block) :1967-1971
ドン・コージス (Don Kojis) :1967-1970
エルビン・ヘイズ (Elvin Hayes) :1968-1972、1981-1984 (50)

・1970年代 (プレイオフ進出:3回)
カルビン・マーフィー (Calvin Murphy) :1970-1983
ルディ・トムジャノビッチ (Rudy Tomjanovich) :1970-1981 ―1994年、1995年優勝時のヘッドコーチでもある。
マイク・ニューリン (Mike Newlin) :1971-1979
ケビン・カナート (Kevin Kunnert) :1974-1978
ジョン・ルーカス2世 (John Lucas) :1976-1978、1989-1990
モーゼス・マローン (Moses Malone) :1976-1982 (M)(50)
ロバート・リード (Robert Reid) :1977-1988
リック・バリー (Rick Barry) :1978-1979 (50)
アレン・リーヴェル (Allen Leavell) :1979-1989

・1980年代 (プレイオフ進出:8回 ファイナル進出:2回)
ラルフ・サンプソン (Ralph Sampson) :1983-1988
アキーム・オラジュワン (Hakeem Olajuwon) :1984-2001 (C)(M)(50)
バック・ジョンソン (Buck Johnson) :1986-1992
スリーピー・フロイド (Sleepy Floyd) :1987-1993
オーティス・ソープ (Otis Thorpe) :1988-1995 (C)

・1990年代 (プレイオフ進出:9回 ファイナル進出:2回 優勝:2回)
マット・バラード (Matt Bullard) :1990-1994、1996-2001 (C)
バーノン・マックスウェル (Vernon Maxwell) :1990-1995 (C)
ケニー・スミス (Kenny Smith) :1990-1996 (C)
ロバート・オーリー (Robert Horry) :1992-1996 (C)
サム・キャセール (Sam Cassell) :1993-1996 (C)
マリオ・エリー (Mario Elie) :1994-1998 (C)
クライド・ドレクスラー (Clyde Drexler) :1995-1998 (C)(50)
サム・マック (Sam Mack) :1995-1996、1998-1999
チャールズ・バークレー (Charles Barkley) :1996-2000 (50)
マット・マローニー (Matt Maloney) :1996-1999
カッティノ・モブリー (Cuttino Mobley) :1998-2004
スコッティ・ピペン (Scottie Pippen) :1998-1999 (50)
スティーブ・フランシス (Steve Francis) :1999-2004、2007-

・2000年代 (プレイオフ進出:3回)
エディ・グリフィン (Eddie Griffin) :2001-2003
グレン・ライス (Glen Rice) :2001-2003
姚明 (Yao Ming) :2002-
トレイシー・マグレディ (Tracy McGrady) :2004-
ディケンベ・ムトンボ (Dikembe Mutombo) :2004-
シェーン・バティエ (Shane Battier) :2006-

・永久欠番
22 クライド・ドレクスラー (Clyde Drexler)
23 カルビン・マーフィー (Calvin Murphy)
24 モーゼス・マローン (Moses Malone)
34 アキーム・オラジュワン (Hakeem Olajuwon)
45 ルディ・トムジャノビッチ (Rudy Tomjanovich)


NBAリーグ

イースタン
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ATL   CHA   MIA   ORL   WAS

ウエスタン
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DAL   HOU   MEM   NOH   SAS

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