
サンアントニオ・スパーズ(San Antonio Spurs)は、テキサス州サンアントニオに本拠を置く全米プロバスケットボール協会 (NBA) のチーム。ウェスタン・カンファレンス、サウスウェスト・ディビジョン所属。チーム名のspurとはカウボーイがブーツの踵に付ける小さな鉄製拍車のこと。2001年からの6年間で5度地区優勝しているウェスタン・カンファレンスの強豪である。
<サンアントニオにおけるスパーズ>
サンアントニオ地区には、メジャースポーツのチームはスパーズしかなく、現役のスパーズの選手の多くや、引退した選手でもデビッド・ロビンソンやジョージ・ガービンなどは今でもこの地域に住んでいる。スパーズはアラモドームを利用していた時期にNBAの観客動員数記録を作っており、1999年のNBAファイナルではファイナルの入場者数新記録を樹立した。現在はアラモドームよりも狭いAT&Tセンターをホームコートにしている。
<初期>
現在のサンアントニオ・スパーズの原型となったチームは、1967年にNBAに対抗する形で発足したプロバスケットボールリーグABA創設と同時にリーグに加盟したダラス・チャパラルズだった。
観客動員数で伸び悩んだため、チャパラルズは1970-71シーズンにはホーム戦をテキサス州内の数ヶ所(フォートワース、タラント、ラボック等)で行なったが失敗に終わりまたダラスに戻ることになった。このシーズンのみテキサス・チャパラルズという名称を使った。1973年にはサンアントニオの実業家に買い取られて同地に移転、チーム名を今日のサンアントニオ・スパーズと改めた。チームカラーも赤、白、黒だったものを銀、黒に変えた。*ABA時代のスパーズは成績の悪いシーズンは30勝以下、最も成績の良いシーズンで51勝33敗で優勝経験はなく、中堅程度の存在だった。
1976年にABAが解散する際、スパーズはABAからNBAに加盟する4チームのうちの1つに決定された。(残りの3チームは、デンバー・ナゲッツ、インディアナ・ペイサーズ、ニューヨーク(現ニュージャージー)・ネッツである。)
<ガービンの時代>
リーグ移行の時期を挟むスパーズ初期のスター選手は、1974年にバージニア・スクワイアーズから獲得したジョージ・ガービンだった。ガービンはプロデビュー後2年目から引退する前のシーズンまで連続で両リーグのオールスター戦に出場、NBAにチームが移ってから3シーズン連続を含め4度得点王となり、のちに殿堂入りする名選手としてチームを牽引した。
ガービンの全盛期だった1980年代前半までにスパーズはリーグ加盟後7シーズン中、5度の地区優勝を果たした。
1980年代は好調の時代と低迷な時代が同居したが、全体としては勝ち越した。81年から83年までの3シーズンは70年代に続いてプレイオフに進出したが、ヒューストン・ロケッツやロサンゼルス・レイカーズに敗れた。
1984-85シーズン後にガービンがシカゴ・ブルズに移籍した後は地区でも最下位になるなど低迷の時代となった。続く4シーズン(1988-89シーズンまで)の成績は115勝215敗となった。
<ロビンソンの時代>
この状況が変わるのは、1987年にドラフト1位で指名された海軍兵学校のデビッド・ロビンソンがチームに加わってからだった。
卒業後2年間海軍で兵役に就いたロビンソンは1989年よりスパーズに合流。同じ年にドラフト全体3位で指名されたショーン・エリオットやテリー・カミングスの加入によってチームは盛り返した。ヘッドコーチには、1988年にカンザス大学をNCAAチャンピオンにしたラリー・ブラウンが1988-89シーズンより指揮を取るようになった。
1988-89シーズンは21勝61敗で終えたが、翌1989-90シーズンには35勝上乗せした56勝26敗で終えた。この年はウェスタンカンファレンスを制してファイナルに進出したポートランド・トレイルブレイザーズにカンファレンス準決勝で3勝4敗の末敗れた。ロビンソンは新人のセンターとして1試合平均24.3得点、12.0リバウンドをマーク、新人王を獲得した。
1990-91、1991-92シーズンはともにプレイオフに進出したが、プレイオフ1回戦を突破できずにチームは、ラリー・ブラウンを1991-92シーズン終盤に解雇した。1992年夏にチームはカレッジのUNLVのヘッドコーチだったジェリー・ターカニアンと契約したが、序盤の20試合を9勝11敗となったところで解雇した。その後は1試合をおいて、ジョン・ルーカスが引き継ぎ残りシーズンを39勝22敗で乗り切りプレイオフに進出、ファイナルに進出したフェニックス・サンズに敗れた。シーズン終了後に新しいオーナーグループがチームを購入し、新しく建設されたアラモドームに本拠地を移した。
1993-94シーズンは、オフシーズンにショーン・エリオットとのトレードでデニス・ロッドマンを迎えて55勝27敗を記録したが、プレイオフ1回戦でユタ・ジャズに完敗しルーカスヘッドコーチはすぐに解雇された。
1994-95シーズンからボブ・ヒルがヘッドコーチとなった。ショーン・エリオットが復帰して、これまでのチーム最高記録の62勝20敗を記録して、ロビンソンもシーズンMVPを受賞したが、カンファレンス決勝でヒューストン・ロケッツに敗れてまたしてもファイナル進出はならなかった。シーズン中、そしてプレイオフでたびたび問題を起こしたロッドマンはこのシーズンでシカゴ・ブルズに去った。
1995-96シーズンは59勝23敗でカンファレンス準決勝でユタ・ジャズに敗れた。この時点で誰も翌年の不調を予測するものはいなかった。
1996-97シーズン、ロビンソンが怪我で6試合しかプレイできなかったこともありスパーズはチーム史上最低の20勝62敗と低迷した。これはリーグで下から3番目の成績だった。ヒルヘッドコーチは18試合を3勝15敗で終わったところで解雇され、その後をグレッグ・ポポヴィッチが引き継いだ。しかしこの成績がオフシーズンに幸運をもたらすこととなった。
<ツインタワー>
1997年のドラフト全体1位指名権を獲得、ウェイクフォレスト大学でオールアメリカンとなったティム・ダンカンを獲得した。
1997-98シーズン、大学時代はセンターだったダンカンはパワーフォワードとして、ロビンソンとともに「ツインタワー」を形成した。ダンカンは1試合平均21.1得点、11.9リバウンドを記録して、新人ながらオールNBAファーストチームにも選ばれて新人王を獲得した。
1998-99シーズンは、開幕前に経験豊富なベテランのマリオ・エリーとジェローム・カーシーを獲得し、ロックアウトで短縮されたシーズンをリーグ首位タイの37勝13敗で締め、プレイオフではウェスタンカンファレンスを11勝1敗の新記録で制覇して、NBAファイナルに初めて出場しニューヨーク・ニックス(イースタンカンファレンス第8シード)を4勝1敗で破り優勝した。ファイナルのMVPはダンカンが獲得した。スパーズはABAから参加したチームの中で最初のNBAファイナルを制覇したチームとなった。(ファイナル出場も初であった。)
1999-2000シーズンは、ダンカンの怪我もありプレイオフ1回戦でフェニックス・サンズに敗れた。
2000-2001,2001-2002シーズンは共に58勝24敗を記録したが、2年ともNBAチャンピオンとなったロサンゼルス・レイカーズにプレイオフで敗れた。
2002-03シーズンは開幕前にロビンソンがシーズン終了後の引退を表明、本拠地もアラモドームからSBCセンター(現AT&Tセンター)に移した。2年目のトニー・パーカーや多くのシューター(スティーブン・ジャクソン、ダニー・フェリー、ブルース・ボウエン、スティーブ・カー、スティーブ・スミス、エマヌエル・ジノビリなど)が前回優勝時のメンバーに代わって活躍した。インサイドのダンカンとロビンソンに加えて外からのシュート力も武器となって60勝22敗でプレイオフに進出、辛酸を舐めさせられ続けたレイカーズを撃破。ファイナルでは、ニュージャージー・ネッツを破り2度目の優勝をかざった。「ロックアウトの短縮シーズンでたまたま優勝しただけのチーム」という悪評を見事に覆し黄金時代を築いていく。
<ダンカンの時代>
2003-04シーズンはウェスタンカンファレンス準決勝で2勝0敗とリードしたものの、その後4連敗してレイカーズに敗れた。この敗北でチームは大幅な改造をすることとなり、ブレント・バリー、ナジ・モハメド、グレン・ロビンソンを獲得した。
2004-05シーズン、ウェスタンカンファレンス2位の59勝23敗でナゲッツ、ソニックス、サンズを破ってファイナルに進出、前年のNBAチャンピオンデトロイト・ピストンズを4勝3敗で破って3度目の優勝を果たした。
2005-2006シーズンは、チーム史上最高の63勝19敗でウェスタンカンファレンス第1シードでプレイオフに臨んだが、カンファレンス準決勝で、かつて所属したエイブリー・ジョンソンがヘッドコーチのダラス・マーベリックスに敗れて連覇の夢を絶たれた。
2006-2007シーズンは、レブロン・ジェームズ率いる東代表のクリーブランド・キャバリアーズを、02年のロサンゼルス・レイカーズ以来の四戦全勝で退け、2年ぶりの王座に返り咲いた。ファイナルMVPはトニー・パーカーが受賞し、欧州出身選手としては初受賞となった。これでスパーズは出場した4回のNBAファイナルですべて優勝を成し遂げている。
連覇の経験がなくディフェンス中心のプレースタイルのため、過小評価されがちだが、ダンカンを軸にしたチーム力の安定性、勝負強さは同時代のライバルチームと比較しても一歩ぬきんでており、2000年代最強のチームであるといっても過言ではない。そのため王者としての常であるがスパーズはリーグで一番嫌われていると言われている。
<年代別主要選手>
太文字…殿堂入り選手 (C)…優勝時に在籍した選手 (M)…在籍時にMVPを獲得した選手 (50)…偉大な50人
・1960年代 (プレイオフ進出:2回)
ジョン・ビーズレイ (John Beasley) :1967-1971
キンキナトゥス・パウエル (Cincinnatus Powell) :1967-1970
ボブ・ヴェルガ (Bob Verga) :1967-1968
グレン・コムズ (Glen Combs) :1968-1971
リッチ・ジョーンズ (Rich Jones) :1969-1975
・1970年代 (プレイオフ進出:9回)
ドニー・フリーマン (Donnie Freeman) :1971-1972、1974-1975
ジェームズ・サイラス (James Silas) :1972-1981
ジョージ・ガービン (George Gervin) :1974-1985 (50)
ラリー・ケノン (Larry Kenon) :1975-1980
・1980年代 (プレイオフ進出:7回)
ジョニー・ムーア (Johnny Moore) :1980-1987
マイク・ミッチェル (Mike Mitchell) :1981-1988
アーティス・ギルモア (Artis Gilmore) :1982-1987
アルヴィン・ロバートソン (Alvin Robertson) :1984-1989
ウィリー・アンダーソン (Willie Anderson) :1988-1995
テリー・カミングス (Terry Cummings) :1989-1995
ショーン・エリオット (Sean Elliott) :1989-1993、1994-2001 (C)
デビッド・ロビンソン (David Robinson) :1989-2003 (C)(M)(50)
・1990年代 (プレイオフ進出:9回 ファイナル進出:1回 優勝:1回)
エイブリー・ジョンソン (Avery Johnson) :1991-1993、1994-2001 (C)
ヴィニー・デル・ネグロ (Vinny Del Negro) :1993-1998
デニス・ロドマン (Dennis Rodman) :1993-1995
チャック・パーソン (Chuck Person) :1994-1998
モーゼス・マローン (Moses Malone) :1994-1995 (50)
ドミニク・ウィルキンス (Dominique Wilkins) :1996-1997
ティム・ダンカン (Tim Duncan) :1997- (C)(M)
ジャレン・ジャクソン (Jaren Jackson) :1997-2001 (C)
マリック・ローズ (Malik Rose) :1997-2005 (C)
スティーブ・カー (Steve Kerr) :1998-2001、2002-2003 (C)
マリオ・エリー (Mario Elie) :1999-2000 (C)
・2000年代 (プレイオフ進出:8回 ファイナル進出:3回 優勝:3回)
ダニー・フェリー (Danny Ferry) :2000-2003 (C)
ブルース・ボウエン (Bruce Bowen) :2001-2009 (C)
スティーブン・ジャクソン (Stephen Jackson) :2001-2003 (C)
トニー・パーカー (Tony Parker) ::2001- (C)
エマニュエル・ジノビリ (Emanuel Ginobili) :2002- (C)
ロバート・オーリー (Robert Horry) :2003-2008 (C)
ラーショ・ネステロヴィッチ (Rasho Nesterovic) :2003-2006 (C)
ブレント・バリー (Brent Barry) :2004-2008 (C)
マイケル・フィンリー (Michael Finley) :2005- (C)
ナジー・モハメド (Nazr Mohammed) :2005-2006 (C)
リチャード・ジェファーソン(Richard Jefferson):2009-
・永久欠番
00 - ジョニー・ムーア (Johnny Moore)
6 - エイブリー・ジョンソン (Avery Johnson)
13 - ジェームズ・サイラス (James Silas)
32 - ショーン・エリオット (Sean Elliott)
44 - ジョージ・ガービン (George Gervin)
50 - デビッド・ロビンソン (David Robinson)
NBAリーグ
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